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第321話 小説

ピエロットのギター弾きが、

廃ビルから来た詩人に、作詞を頼んでいた。

詩人はあせりながら、うんうんうなって詩を作り出す。

時計の針に、せかされるように。

時計のきざみに、せかされるように。

ギター弾きは、前髪で視線が見えないが、

口元は微笑んでいた。

一生懸命であることが、ほほえましかったのかもしれない。


ギター弾きは、ギターを奏でるのを、ちょっと止めた。

詩人はうんうんうなっていたが、

やがて、音が聞こえなくなったことに気がつき、

「あれ?」

と、言いながらきょろきょろあたりを見回した。

世界に没頭していたせいもあるのだろう。

「ちょっと休みましょう。何飲みます?」

「あ、う、えーと、アイスココア…」

詩人はどもりながら、注文する。

ギター弾きはコーヒーを注文した。


ギター弾きは、詩人からつむがれた、ノートを手に取る。

詩人は詩人で、オーバーヒートしたエンジンか何かのように、

ぐったり椅子にもたれかかっていたる。

ぷしゅうという効果音も聞こえてきそうだ。

「ファイアドラゴン…ですか」

ギター弾きは、ノートに叩きつけられた言葉を一つ、読む。

気弱な詩人からは考えにくい、

叩きつけられた言葉。

ノートに叩きつけ、そして、形を得る詩人の詩。

実はこの詩人、心のそこでは、

無邪気なほど乱暴なのかもしれない。

ギター弾きは、そんなことを思った。


「お待たせしました」

ピエロットの店員が、コーヒーとアイスココアをもって来る。

詩人が、鈍い歯車のように、ゆっくりと動く。

「それじゃ、乾杯」

「か、かんぱ、い」

詩人は冷たいココアを飲む。ほうとため息が落ちた。

「小説は、書かれないのですか?」

ギター弾きが、詩人にノートを戻しながら、たずねる。

詩人は大いにむせこんだ。

「な、な、な」

「なんだか、小説を書いたら面白そうだなと」

「な、な、な」

「なんでかはわかりませんけど、なんとなくです」

詩人は再び、ぷしゅうと、気の抜けた感じになる。

「大丈夫ですよ、斜陽街の連中なら、わかってくれますよ」

「小説書くのは、苦手ですよ」

詩人はぼやく。

無邪気と思った詩人は、実は繊細なのかもしれない。

ギター弾きは、評価を改めた。

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