これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
三日月模様の描かれた扉の向こうの世界の物語。
うっそうとした森の中。
あたたかな色合いの建物がある。
テラコッタ色の屋根、白い壁、明かりが漏れるいくつかの窓。
兎茶屋というお茶屋だ。
店内に入れば、
やわらかく明るい照明と、木を貴重とした家具で、
穏やかな気持ちになれる。
そして、兎茶屋が扱っている、さまざまの種類のお茶が、
ガラス瓶に入って並んでいる。
その数無数に。
星のようにきらきら光っている。
レンタルビデオ屋は、斜陽街の噂を聞いてやってきた。
いつもホラービデオばかりで、神経をすり減らしていたので、
何か落ち着くものがないかなと。
そして聞いたのが、兎茶屋の噂である。
物は試しにと、やってきた。
「いらっしゃいませ」
レンタルビデオ屋がやってくると、
短い金髪に白のウサギ耳、赤いチョッキの青年が、出迎えた。
「今、ちょっと家具を整理しているところなんです」
見れば、聞いていたよりごちゃっとしているかもしれない。
「お一人で、ですか?」
「いえ、知り合いの家具屋さんに」
「なるほど」
「とにかく、お茶はいかがでしょう?」
「いただきます」
「落ち着くお茶をブレンドしますね」
青年は、手早く瓶からお茶を入れる。
「ウサギ殿」
がらがらの声が店の奥からする。
「奥の棚の整理が終わったでござる」
ごつごつと足音がする。
足音の主は、店内にやってくる。
そして、奥の扉から、にゅっとあらわれたのは、
大柄で見上げるほどの、坊主の男だ。
「お客さんにも紹介しておくよ。こちら家具屋入道さんです」
家具屋入道は、ぺこりと礼をした。
「家具屋入道でござる」
「どうも、レンタルビデオ屋です」
「ハイカラでござるな」
「そうでもないですよ」
レンタルビデオ屋は謙遜する。
「はいはい、家具屋さんにもお茶入れたよ」
「かたじけない。…月の茶でござるか」
「ご名答」
青年は、ウインクする。
「そういえば、怪奇物のビデオで、お茶のものがありましたね」
「お茶の?」
「はい、お茶をかがせると狼になってしまう、見世物らしいんですけど」
「面妖な」
「月のお茶と、何か関係あるのかなと、それだけです」
「世の中は謎に満ちているでござる」
「それだけ、怪奇物というのは、奥が深いんですよ」
「なるほど」
入道は納得し、茶をすする。
レンタルビデオ屋は、少し落ち着いた気がした。