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第317話 録音

斜陽街一番街、バー。

妄想屋のいるボックス席に、お客が来ていた。

妄想屋の夜羽は、妄想を古びたテープレコーダーで録音する。

また、聞きたいお客には再生させる。

妄想屋とは、そんな仕事だ。


今回のお客は、書類を手にしていた。

夜羽は書類にざっと目を通す。

病気屋の書類だ。

「どうぞ、かけてください」

夜羽が席をすすめる。

お客は座った。

夜羽は書類を置くと、

レコーダーと、テープをかばんから取り出した。

「確かに、こちら向きです。お話を聞かせてください」

夜羽は録音ボタンを押す。

かちりと音がして、録音が始まる。

「あいつが…」

お客は病気屋で語ったうわごとみたいなものを、

妄想屋に告白し始めた。


テープはゆっくり録音している。

夜羽が合いの手を入れながら、

妄想は拡大していく。

拡大する妄想。収縮していく話。

熱くなるお客。冷たく複雑になる構造。

それらを、テープはゆっくり録音する。


お客は一通り話し終えると、すっきりしたらしい。

不安げながらも、満足したらしい。

「それでも不安でしたら、斜陽街にきてください」

「ああ…」

「よろしければ、薬屋も紹介しましょうか?」

「いや、いいよ。もう、十分だ」

お客のまとっている空気が変わった。

吐き出すことで、何か変わったのかもしれない。

「では、テープを停止します。ありがとうございました」

夜羽は停止ボタンを押す。

かちりとテープは止まった。


夜羽はテープにラベルをつける。

『同化』と、ペンで記す。

書いてから、なんだか昔もこんな妄想があったなと思う。

探してもいいけれど、まぁいいやと夜羽は思う。

「スプリッツァ、いつもの」

夜羽は注文する。

バーのマスターがうなずいた。


「螺旋を描くように世界は歪んでいる」

夜羽はそんなことをつぶやいた。

まなざしの見えない帽子の向こう、

何かを見るような姿勢をとる。

「歪んだ軸に触れれば、歪みながらに歯車も動くよ」

「その歯車は、色を持っているかい?」

お客の空飛ぶ魚が問う。

「色とりどりの歯車さ」

「それは素敵だな」

魚は、喜んだらしい。

夜羽の席に、スプリッツァが置かれる。

「どうも」

夜羽はグラスを手に取る。

「繰り返される妄想に乾杯」

「乾杯」


いつものバーの風景。

いつもの妄想屋。

変わらぬ妄想の話である。

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