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第316話 船長

どこかの扉の向こう。

斜陽街でないどこか。


砂漠に砂賊(すなぞく)がいた。

盗賊、海賊、山賊、そんな類だ。

砂賊は砂の船を操り、お宝を探す。

追いはぎのような真似は、あまり好きではないらしい。

そんな砂賊の話だ。


砂賊の船長がいる。ヤドカリと呼ばれている。

ヤドカリ船長は、どこがヤドカリというわけでもない。

メンバーが増えると船を変えている程度だ。

若い船長だが、人望も腕っ節も、皆が認めるところだった。

悪者ではないが、正義というわけでもない。

慕われている、男前だ。


ヤドカリ船長が、ちょっかいをかける相手がいる。

その砂船の中で異端な存在。

小柄な女で、学者のモグラだ。

モグラにも本名はあるはずだが、

いつの間にかモグラで定着してしまった。

いつも本に囲まれて、次のお宝のありそうな場所を研究している。

髪はぼさぼさ、度の強い眼鏡をかけている。


こんこん


モグラの研究室の扉が叩かれる。

「おいモグラ!」

ヤドカリ船長は、それだけ言うと扉を開けた。

モグラは図面と本の山の谷間に寝ている。

「モグラ!」

モグラは何も知らずに、スースー寝ている。

近くには、次のお宝らしい場所の図面が作られている。

起こしてもよかった。

起こさなくても、図面さえとってくればよかった。

それでも、ヤドカリ船長は、モグラに何かちょっかいを出したい。


ヤドカリ船長は、モグラの鼻をつまむ。

モグラは苦しそうに眉をひそめると、

やがて、がばっと身を起こした。

「ひひゃい、にゃむも」

モグラはおろおろしたりする。

そうしてようやく、ヤドカリ船長に気がついた。

「…船長」

「おう、ようやく起きたか」

「鼻が」

「鼻はいいから」

「よくないです、何でいつも変なことするんですか」

「つまみやすいところに、鼻があるのがいけないんだよ」

モグラはだまってしまった。

鼻の位置なんか、変えられない。


気まずい沈黙。

ヤドカリ船長は、困る。

歯向かってほしいし、自分を見てほしいとも思うのに、

なんでか、憎まれ口しか出てこない。

「モグラのくせに」

「すみません」

モグラは、謝る。

ヤドカリ船長は、それがほしいわけじゃない。

「…次のお宝への図面、作りました」

ヤドカリ船長は、だまって図面を手にする。

どんなお宝よりもほしいものがあるのに、

ヤドカリ船長はそれがわからない。

そんな砂賊の船長だ。

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