斜陽街一番街、音屋。
鳥篭屋は、言葉が鈴の音色になった、
もと浮浪者を連れてきた。
音屋に鈴の浮浪者を入れようとして、
鳥篭屋は考える。
「あんた」
鳥篭屋が鈴の浮浪者に問いかける。
「文字は書けるかい?」
鈴の浮浪者は、考え込む。
「しょうがないね、一緒に行くから」
鳥篭屋は音屋のガラス扉を開いた。
あふれ出る音、音、音。
鳥篭屋は承知していたが、
鈴の浮浪者はかなり驚いたらしい。
唖然としているのを、鳥篭屋は店の中に引っ張り込んだ。
ガラス扉が閉まり、
音は音屋の店内に流れる、いつもの流れへと変わった。
血液のように、店内に音が流れている。
あまりにも流れる音が多すぎて、
一種有機的な感覚も持つ。
鳥篭屋は、音屋の奥へと、鈴の浮浪者を連れて行った。
足音もかき消される。
ただ、無数のスピーカーが音を流している。
音屋の奥に、主人がいる。
しわっぽい顔をした、丸眼鏡の男だ。
鳥篭屋が何か話しかけようとした。
が、声がかき消されることに気がつく。
あちこち見回して、客用ホワイトボードを見つける。
音屋も気がついたようだ。
『いらっしゃいませ』
音屋がホワイトボードに書く。
『音を引き取ってもらいたいんだ』
鳥篭屋が、鈴の浮浪者を示す。
音屋は丸眼鏡の底で、目をしぱしぱさせる。
『音色が変わってしまってますね』
音屋のその言葉に、
鳥篭屋は怪訝な顔をした。
『浮浪者くらい何もないと、音色を書き換えるものです』
音屋はホワイトボードを示し、また、消す。
『この音色をはがします』
音屋がホワイトボードを示す。
『たのむよ』
鳥篭屋は、ホワイトボードにそう書いた。
音屋は、手招きをする。
鈴の浮浪者が前に出される。
音屋は、鈴の浮浪者から、ゆらゆら揺らめくものを取った。
そのまま、手近にあったカセットテープに入れる。
『音色をはがしました』
音屋はホワイトボードに書くと、カセットテープを鳥篭屋に渡した。
『それから、音色を変えた大本も、手放したほうがいいでしょう』
鈴の浮浪者は仕方ないように、鈴を取り出した。
鳥篭屋が受け取る。
『できれば返しておくよ』
鳥篭屋はそう示したつもりだが、
浮浪者の姿は、もう、なくなっていた。
『邪魔したね』
鳥篭屋はそう書き残して消すと、
音屋をあとにした。