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第314話 読書

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。


イチロウは列車に揺られる。

足元に重いボストンバッグ。

窓の外は、知っているようで知らないような景色だ。

どこか遠くに来たのかもしれない。

踏み切りの音色もしばらく聞いていない気がした。

踏み切りの少ない区間なのかもしれない。


イチロウは、少し退屈をしてきた。

窓の外を見ていても、わからない景色だからか。

どこの地域なのかわからないのだ。


不意に、暗くなった。

トンネルに入ったらしい。

天井の蛍光灯がつく。

なおさら、外は面白くなくなったらしい。

ゴー…と、反響する音がしている。


イチロウは、ボストンバッグに手をかけた。

何か暇つぶしでもあればいいとおもった。

かばんを開けると、本が何冊かあった。

一番上の本は、「器」という文字が表紙だった。

イチロウは読書することに決めた。


どこの国の書物かはわからない。

でも、翻訳されている感じがしないのに、

イチロウはすらすらと読めた。


 神という現象に器を与えれば、

 それは神として人の前に顕現する。

 それは神という構造になり、

 人の理解が及ぶところに神を解体する作業でもある。


イチロウは読みながら考える。

神様は、人間の想像できないことをする。

人間の想像できる範囲に神様を入れることを、

器に入れるということだろうか。

そんなことを考える。


ぱらりとページをめくる。


 良質の器は、何を入れるのかによっても違う。


次の話題に移ったらしい。

イチロウは、読む。


 器屋検定試験に通ったものが開業する、

 認定器屋に行けば、

 どんな器が適切かを教えてくれるだろう。


イチロウは、認定器屋なんてはじめて聞いた。

表紙をもう一度見る。

「器」とある。

なるほど器の本なのかもしれない。

神様の器、認定器屋。

読めばもっと器についてわかるかもしれない。


ゴーとした反響音が途切れた。

イチロウは窓の外を見る。

トンネルが途切れたらしく、外が見える。

ガタンゴトン、列車は揺れる。

遠くから踏み切りのかんかんという音が、聞こえた気がした。


イチロウは、しばらく本を読むことにした。

列車の旅で読書するのも悪くないと思った。

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