これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。
イチロウは列車に揺られる。
足元に重いボストンバッグ。
窓の外は、知っているようで知らないような景色だ。
どこか遠くに来たのかもしれない。
踏み切りの音色もしばらく聞いていない気がした。
踏み切りの少ない区間なのかもしれない。
イチロウは、少し退屈をしてきた。
窓の外を見ていても、わからない景色だからか。
どこの地域なのかわからないのだ。
不意に、暗くなった。
トンネルに入ったらしい。
天井の蛍光灯がつく。
なおさら、外は面白くなくなったらしい。
ゴー…と、反響する音がしている。
イチロウは、ボストンバッグに手をかけた。
何か暇つぶしでもあればいいとおもった。
かばんを開けると、本が何冊かあった。
一番上の本は、「器」という文字が表紙だった。
イチロウは読書することに決めた。
どこの国の書物かはわからない。
でも、翻訳されている感じがしないのに、
イチロウはすらすらと読めた。
神という現象に器を与えれば、
それは神として人の前に顕現する。
それは神という構造になり、
人の理解が及ぶところに神を解体する作業でもある。
イチロウは読みながら考える。
神様は、人間の想像できないことをする。
人間の想像できる範囲に神様を入れることを、
器に入れるということだろうか。
そんなことを考える。
ぱらりとページをめくる。
良質の器は、何を入れるのかによっても違う。
次の話題に移ったらしい。
イチロウは、読む。
器屋検定試験に通ったものが開業する、
認定器屋に行けば、
どんな器が適切かを教えてくれるだろう。
イチロウは、認定器屋なんてはじめて聞いた。
表紙をもう一度見る。
「器」とある。
なるほど器の本なのかもしれない。
神様の器、認定器屋。
読めばもっと器についてわかるかもしれない。
ゴーとした反響音が途切れた。
イチロウは窓の外を見る。
トンネルが途切れたらしく、外が見える。
ガタンゴトン、列車は揺れる。
遠くから踏み切りのかんかんという音が、聞こえた気がした。
イチロウは、しばらく本を読むことにした。
列車の旅で読書するのも悪くないと思った。