これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
アルミの細工のしてある扉の向こうの物語。
ウゲツはネココを追った。
白い立方体の狭間の路地。
長くネココの影が映っている。
「こっちだよ」
ネココが、影のままでウゲツをいざなう。
ウゲツは自転車を押したまま、追う。
自転車に乗っては、追いつけない気がした。
お囃子の音がする。
方向はわからない。
壁から響くようでもあるし、
路地の向こうからするようでもある。
笛の音、太鼓の音、かすかに掛け声らしきものも聞こえる。
立方体の壁が続いている。
時折、ネココの影が映る。
立方体の光と影の間、
ウゲツはネココを追う。
笑い声が聞こえる気がする。
近代村の、村人の声だろうか。
それはとても無垢な笑い声の気がした。
楽しいのだろうか。
ここは、楽しいのだろうか。
背の高い立方体。
ウゲツはふと、路地で足を止めた。
この路地の始まりはどこだっただろう。
どこで一体終わりになるんだろう、
この立方体の窓は、入り口は、一体どこだろう。
思った途端、ウゲツは怖くなった。
自分は迷い込んではいけないところに、迷い込んだのか。
お囃子が遠く近くから聞こえる。
笑い声がする。
腹に響くような和太鼓。
「こっちだよ」
ネココの声は後ろからした。
ウゲツは振り返る。
ネココの影が後ろで、角を曲がっていった。
とにかくネココを追いかけよう。
ウゲツは思い直し、自転車の向きを変えると、
また、ネココを追った。
「迷わないでおいでよ」
ネココの声が遠く近くに聞こえる。
「君は行き着くところに行き着くだけだよ」
ネココの足音が響く。
お祭りの拍子に似ている気がした。
それはとてもリズミカルで、よく響く。
ウゲツは自転車を押す。
スピードはでない。
それでも、ネココを追う。
影法師のネココは、猫のようにひらりひらりと角を曲がっていく。
ウゲツは思う。
とにかく追いつかなくちゃと。
「思い出を探そうよ」
ネココの声がする。
「それはお客にとっての思い出さ」
ウゲツはわからない。
「お客の思い出は、懐かしいそこにあるんだよ」
ネココの声が近くで聞こえた気がして、
ウゲツは走った。