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第307話 耳掃除

斜陽街二番街、洗い屋がある。

何でも洗う店だ。

いつも使うものほど洗わなきゃ。

洗い屋は、それが口癖だ。


洗い屋の常連に、

羅刹という男がいる。

男と言い切るには、どこか幼い。

血まみれで洗い屋にやってきては、

シャワーを借りたり、頭を洗ってもらったりするらしい。


羅刹はシャワーからあがった。

「おつかれさまー」

洗い屋が人懐っこい笑みで迎える。

「スーツも洗っておきましたよ」

見れば、羅刹のトレードマークの、

黒スーツ、サングラス、黒いボウガンまで、

ぴかぴかに洗われている。

「…こんなにぴかぴかにしなくてもいいのに」

「いつも使うものほど洗わなくちゃ」

洗い屋はにっこり笑う。

羅刹は幼い顔に、複雑な表情を浮かべた。

「また、血まみれになるよ」

「そしたら洗えばいいんです」

洗い屋は、笑顔を深くする。

「洗えばいいんですよ」

そう言われ、羅刹は気まずそうに視線をそらした。

いつものことらしく、洗い屋は何も言わない。


「さてと」

洗い屋は、マッサージ用の長い台に座る。

「今日は耳掃除しましょう」

「…みみ、そうじ?」

羅刹が繰り返す。

「そう、ここの所、耳はお手入れしてないでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「はい、ここに頭置いて」

洗い屋は太ももを叩く。

羅刹はきょとんとしたが、すぐ、思い当たる。

「ひ、ひざまくら」

「痛くしないですから、耳掃除」

「あ、う…」

羅刹は半歩だけ後ずさりする。

幼い顔は真っ赤だ。

「大丈夫ですよ」

洗い屋はにっこり笑う。

羅刹は観念して、長い台に座る。

「よろしくおねがいします」

羅刹は深々とお辞儀をする。

洗い屋はそのまま、

むんずと羅刹の頭をつかみ、膝枕にした。


しっとり湿っている羅刹の黒髪を、耳からそっとどける。

耳かきで、こしょこしょと耳たぶをかく。

羅刹はこわばる身体を、リラックスさせた。

洗い屋は、洗うと決めたら譲らないところがある。

羅刹も少し、わかっている。

わかっているのだが、膝枕はちょっと気恥ずかしい。


耳の入り口をかりこりする。

耳の穴をマッサージするような感覚。

優しく、ときに強く。

ごそごそ、こりっこりっ。

耳の大掃除をしている。

羅刹はうとうとする。

緊張はとろけて、くすぐったい快感が身体に走る。


これもいいかもしれない。

羅刹はガラにもなくそんなことを思った。

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