これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。
イチロウの乗った列車が、ガタンゴトンと揺れる。
イチロウは、ぼんやりと窓の外を見ている。
風景がゆっくり通り過ぎていく。
どこの風景かは、わからない。
ただ、イチロウの外側で、風景は移り変わる。
イチロウはぼんやり思う。
そのうち季節まで、窓の外で変わってしまうかもしれない。
時間感覚が薄いし、窓の外は知らない地域かもしれない。
徐々に季節が変わったとしても、
気がつかないかもしれないと思った。
何回目かの、踏み切りの音が、
かんかんかん…と、近づいて、遠くへ行った。
風景は、少し灰色を混ぜ始めていた。
イチロウは、改めて風景を眺める。
遠くに煙突が見える。
工場だろうか。
何本も煙突が見える。
工業地帯の近くだろうか。
イチロウは方角の感覚はないが、
そっちのほうにきたのかと思った。
そっちがどこを表すのかわからないが、工業地帯。
イチロウの記憶の、そっちに来たのかと思った。
工場の煙突より手前に、
立方体が並んでいる。
「ああ、噂の…」
イチロウはつぶやいた。
どんな噂だったか、イチロウはおぼろげにしか覚えていない。
ただ、工業地帯は汚れていて、
そこにいた村人は、軒並み施設に入れられたと。
そんな噂だった気がする。
施設は立方体のあの建物の群れなのだろう。
豆腐のような角砂糖のような、立方体。
村が仕舞われている立方体。
何でわざわざそっけない立方体に、村を仕舞ったのだろう。
イチロウはぼんやり考える。
村のままではいけなかったのだろうか。
それほどに汚れていたのだろうか。
イチロウは、目を閉じた。
目を閉じると、視界が閉ざされて、
何か別のものが覚醒する気がする。
気がするだけかもしれない。
ガタンゴトン、列車の音と揺らぎ。
それに混じって、遠くから祭囃子が聞こえる気がした。
楽しげな騒がしさ。通り過ぎていった記憶。
どこでお祭りをしているのだろう。
ああ、あの立方体の村だろうか。
村人は生きているんだろうか。
汚れた工業地帯の村は、生きているんだろうか。
イチロウは目をあけた。
立方体の村は、もう、遠くに行ったあとだった。