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第305話 立方体

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。


イチロウの乗った列車が、ガタンゴトンと揺れる。

イチロウは、ぼんやりと窓の外を見ている。

風景がゆっくり通り過ぎていく。

どこの風景かは、わからない。

ただ、イチロウの外側で、風景は移り変わる。

イチロウはぼんやり思う。

そのうち季節まで、窓の外で変わってしまうかもしれない。

時間感覚が薄いし、窓の外は知らない地域かもしれない。

徐々に季節が変わったとしても、

気がつかないかもしれないと思った。


何回目かの、踏み切りの音が、

かんかんかん…と、近づいて、遠くへ行った。


風景は、少し灰色を混ぜ始めていた。

イチロウは、改めて風景を眺める。

遠くに煙突が見える。

工場だろうか。

何本も煙突が見える。

工業地帯の近くだろうか。

イチロウは方角の感覚はないが、

そっちのほうにきたのかと思った。

そっちがどこを表すのかわからないが、工業地帯。

イチロウの記憶の、そっちに来たのかと思った。


工場の煙突より手前に、

立方体が並んでいる。

「ああ、噂の…」

イチロウはつぶやいた。

どんな噂だったか、イチロウはおぼろげにしか覚えていない。

ただ、工業地帯は汚れていて、

そこにいた村人は、軒並み施設に入れられたと。

そんな噂だった気がする。

施設は立方体のあの建物の群れなのだろう。

豆腐のような角砂糖のような、立方体。

村が仕舞われている立方体。

何でわざわざそっけない立方体に、村を仕舞ったのだろう。

イチロウはぼんやり考える。

村のままではいけなかったのだろうか。

それほどに汚れていたのだろうか。


イチロウは、目を閉じた。

目を閉じると、視界が閉ざされて、

何か別のものが覚醒する気がする。

気がするだけかもしれない。

ガタンゴトン、列車の音と揺らぎ。

それに混じって、遠くから祭囃子が聞こえる気がした。

楽しげな騒がしさ。通り過ぎていった記憶。

どこでお祭りをしているのだろう。

ああ、あの立方体の村だろうか。

村人は生きているんだろうか。

汚れた工業地帯の村は、生きているんだろうか。


イチロウは目をあけた。

立方体の村は、もう、遠くに行ったあとだった。

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