斜陽街一番街。
病気屋の隣に熱屋はある。
熱屋は、少女と女の間で、
時が止まっている。
曖昧な外見年齢、
そして、どこかうつろに笑う。
心が壊れているわけではない。
人形とかそういうわけでもない。
熱屋は妙な能力を持っているが、
斜陽街の住人だ。
熱屋は時を止めてから、
熱をカプセルに出来るようになった。
発熱して大変な人や、
過度の熱を引き取ってカプセルにすると、
また、必要なものに熱を与える。
直径3センチほどのオレンジのカプセル。
それが熱屋の扱う熱だ。
いつも大きなガラスの器に入っている。
熱屋は、店内を掃除していた。
古い物を片付けたり、
埃を叩いたりする。
こほけほと咳き込む。
埃が舞った所為らしい。
熱屋はぼんやりと思う。
咳き込むなんて、ずいぶんしていなかったと。
それだけ掃除をしていなかったか。
違うなと思う。
あの時以来、病気は全部病気屋が持っていって、
全部分析されていて、
熱屋は病気になる暇が全然ないままなのだ。
カラン
何かが転がった。
埃を払うと、それは、体温計だ。
水銀を使うものらしい。
ガラスと、銀色の棒状だ。
「昔は、よく使ったな」
昔は、体温の上がり下がりで大変だった。
軽い病気にかかっては、
体温計で一喜一憂みたいなこと。
熱があるから大変だの、
熱が下がっただの。
今、熱屋は、簡単に体温の上げ下げができる。
あの頃大変だったものが、
こんなに形を変えるなんて思ってなかった。
そして、熱屋の時間が止まってしまったこと。
体温計なんて、
体温なんて、
計るだけ意味がなくなってしまった。
熱屋は体温計をもてあそぶ。
水銀を軽く上げ下げする。
上限いっぱい。
「無意味」
体温計が、ただのおもちゃになる。
体温なんて関係ないから。
「もし…」
熱屋はふと、思う。
もし、この上限いっぱい表示の、体温計を持っていたら、
病気屋はあわてるだろうか。
昔のように、心配するだろうか。
「心配されたいって、変かな…」
熱屋はうつろに首をかしげた。
病気屋がやってきて、あわてだすまで、あと少しのこと。