どこかの扉の向こう。
斜陽街でないどこか。
王国があった。
豊かな王国だ。
そこは真面目な王が統治しており、
傍にいるものも則を外れることはなく、
何年も、その王国は安泰であった。
緑はあちこちに茂り、
川はさまざまな場所を流れ、
人は行きかいし、
市場は賑わい、
笑顔のあふれる王国だ。
その王国に、姫がいた。
アキ姫という。
アキ姫は、次の女王を約束されている。
王位を継ぐのが男だの女だのは、
あまり関係ないらしい。
今の王の娘で、なおかつ、国民に愛されている姫。
だから、次の女王とされているらしい。
アキ姫は、好奇心旺盛で、
やんちゃな少女だ。
赤毛が長く、ふわふわとしている。
傍仕えの騎士を引っ張りまわして遊んだり、
博識の博士を困らせるような質問をしたり、
その目には、いつでも世界は新鮮に映り、
アキ姫はいつでも新しいことを追い求めていた。
知識を、経験を、楽しいことを。
そして何より皆の笑顔を。
やんちゃかもしれないが、
底抜けに優しい姫だ。
「姫!」
アキ姫を探す声がかかる。
アキ姫は今、傍仕えの騎士から隠れている。
「アキ姫!」
騎士の名はシュバルツ、黒髪の若い騎士で、
アキ姫が一番おもちゃにしている、真面目な騎士だ。
「アキ姫!子猫は飼ってもいいですから、出てきてください!」
アキ姫は、中庭の植え込みに隠れている。
軽装のドレスのふちが、植え込みの端っこから、はみ出ている。
はみ出していることに、アキ姫は気がつかない。
シュバルツも気がつかない。
「アキ姫!」
シュバルツは、泣きそうだ。
アキ姫は、植え込みの中でほくそ笑んだ。
(猫捨ててこいなんて、いうからだぞ)
アキ姫の腕の中に、子猫が一匹。
小さくにゃーと鳴いた。
(よしよし、シュバルツをもうちょっと困らせてから、出よう)
アキ姫は、子猫の頭をなでる。
「アキ姫!後生です!出てきてください!」
シュバルツは、中庭に向かって呼びかける。
アキ姫がもったいぶって出ようとすると、
子猫がひょいとアキ姫から逃げ出した。
「あ、こら」
子猫はひょいひょいと逃げていく。
アキ姫は植え込みから出て追いかける。
「アキ姫!」
シュバルツの足元を、猫が逃げていく。
「追いかけろシュバルツ!説教はそのあとだ!」
「はい!」
平和な王国である。