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第298話 鋏

どこかの扉の向こう。

斜陽街でないどこか。


鋏師(はさみし)という職業がある。

今の代の鋏師は少年で、

かすりの着物を着た、おとなしい子どもだ。


鋏師はいろいろなものを断つ。

いろいろな鋏を用いて。

刀でもカッターでもなく、

鋏だ。

金属の快い音とともに、

一抹の寂しさとともに、

鋏はいろいろなものを断つ。


断ったあとの形が出来ていれば、

躊躇なく鋏で断てる。

断った後の形もなく、

漠然と断ってほしいという依頼もある。

いいんだろうかと鋏師は考える。

金属の音のするまま断っていって、

本当にいいんだろうかと考える。

お客は断たれた後のことを考えていない。

そこまで断っていいんだろうか。

鋏師はまだ少年だ。

まだわからないことも多い。

それでも、わからないことに蓋をして、

今日も様々のことを断つ。


布を断ち、

髪を断ち、

過去の因縁を断ち、

人の縁まで断つ。


お客はせいせいした顔をする。

お客が何を言っているのか、

鋏師は理解できない。

大変なものを断ってしまったという気がする。

いいんだろうか、これでいいんだろうか。


鋏師が大変なものを断つのは、

これが初めてではない。

そのたび鋏師は悩むし、

罪悪感を持ったりする。

人の縁を断つのは、そういうことだ。


縁を断った途端、

転落するようにバランスを欠いていった人を、

鋏師は何人も見ている。

人と人が無数にひかれあうことによってできる、

蜘蛛の巣よりもっと複雑で、

もっと弱い線の集まり、

それが縁だと鋏師は思っている。

一本切ればいいものではない。

バランスを崩していく人々。

責められている気がする。

自分から頼んだのに、どうして断ったんだと、

終わりない責めを受けている気がする。


「おやおや」

自分の中に閉じこもっていた鋏師は、

穏やかな声で引き戻された。

中年のおじさんだ。

「噂に聞く鋏師さんかい?」

鋏師はうなずく。

久しぶりにこんな声を聞いた気がする。

わけのわかる声だ。

「植木をどうにかしたいんだよ。ちょっと助けてくれるかい」

鋏師はうなずいた。

商売道具の鋏を持つ。

「植木がきれいになれば、あの子も戻ってくるかもなぁ」

おじさんはつぶやく。

鋏師は、幼心に祈った。



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