どこかの扉の向こう。
斜陽街でないどこか。
鋏師(はさみし)という職業がある。
今の代の鋏師は少年で、
かすりの着物を着た、おとなしい子どもだ。
鋏師はいろいろなものを断つ。
いろいろな鋏を用いて。
刀でもカッターでもなく、
鋏だ。
金属の快い音とともに、
一抹の寂しさとともに、
鋏はいろいろなものを断つ。
断ったあとの形が出来ていれば、
躊躇なく鋏で断てる。
断った後の形もなく、
漠然と断ってほしいという依頼もある。
いいんだろうかと鋏師は考える。
金属の音のするまま断っていって、
本当にいいんだろうかと考える。
お客は断たれた後のことを考えていない。
そこまで断っていいんだろうか。
鋏師はまだ少年だ。
まだわからないことも多い。
それでも、わからないことに蓋をして、
今日も様々のことを断つ。
布を断ち、
髪を断ち、
過去の因縁を断ち、
人の縁まで断つ。
お客はせいせいした顔をする。
お客が何を言っているのか、
鋏師は理解できない。
大変なものを断ってしまったという気がする。
いいんだろうか、これでいいんだろうか。
鋏師が大変なものを断つのは、
これが初めてではない。
そのたび鋏師は悩むし、
罪悪感を持ったりする。
人の縁を断つのは、そういうことだ。
縁を断った途端、
転落するようにバランスを欠いていった人を、
鋏師は何人も見ている。
人と人が無数にひかれあうことによってできる、
蜘蛛の巣よりもっと複雑で、
もっと弱い線の集まり、
それが縁だと鋏師は思っている。
一本切ればいいものではない。
バランスを崩していく人々。
責められている気がする。
自分から頼んだのに、どうして断ったんだと、
終わりない責めを受けている気がする。
「おやおや」
自分の中に閉じこもっていた鋏師は、
穏やかな声で引き戻された。
中年のおじさんだ。
「噂に聞く鋏師さんかい?」
鋏師はうなずく。
久しぶりにこんな声を聞いた気がする。
わけのわかる声だ。
「植木をどうにかしたいんだよ。ちょっと助けてくれるかい」
鋏師はうなずいた。
商売道具の鋏を持つ。
「植木がきれいになれば、あの子も戻ってくるかもなぁ」
おじさんはつぶやく。
鋏師は、幼心に祈った。