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第297話 作詞

斜陽街二番街。

ピエロットという喫茶店がある。

そこはピエロがたくさん置かれた喫茶店で、

店員もピエロの仮面をかぶっている。

道化の喫茶というには、少し物悲しい。

西洋骨董的な店のつくりで、

店にはいつもオルゴールの音楽が鳴っている。


ピエロットには、ギター弾きが居ついている。

前髪が長くて表情は見えない。

気が向いたらギターを鳴らし、

または、何かを思っているようにも見える。

何か一人の人を思っているという噂もある。

誰なのかはわからない。


この日、

ピエロットには、来客があった。

廃ビルに住み着いている、詩人だ。

常にせかされている感じのする、

小心者の詩人だ。

締め切りなどがあるわけではないらしい。

それでも時計の音を聞いては、

せかされるように詩を書いているらしい。


「それでですね、作詞をしてもらいたいんです」

「さ、さ、作詞ですか」

ギター弾きが頼むと、

詩人は申し出をどもりながら復唱する。

詩人は落ち着きなくあわてる。

そわそわしだした。

「なんとなく思いついたことでいいですよ」

「はぁ…」

詩人は落ち着かない。

ギター弾きは、ピーンと一本弦を鳴らした。

「適当に奏でますから、思いついたことでいいですよ」

「はぁ…」

「では」

ギター弾きが演奏を始める。

悲しそうな音色。

哀愁というのかもしれない。

それでも、どこか遠くを思わせる音色。

遠くに、何があるのか。


詩人はノートを引っ張り出す。

詩人のメモノートだ。

詩人は目を閉じた。

詩人の持っている、懐中時計の音が、耳に届く。

鉛筆を構える。

イメージをはじき出す。

せかされるように、思いついたことを。


 遠くどこかに あの人はいる

 ファイアドラゴンの あの人はいる


詩人はつづりだす。

ギター弾きの奏でる曲のイメージを。

知らない世界のことを、

憧れに似たそのイメージを。


「ファイアドラゴン…」

詩人はつぶやき、消そうとしたが、消せなかった。

なんだか、ギター弾きの曲の向こうには、

ドラゴンがいるような気がした。

なんだか、そんな気がした。


詩人は再び鉛筆を構える。

イメージを追いかける。


ピエロットのひとこまである。

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