斜陽街二番街。
ピエロットという喫茶店がある。
そこはピエロがたくさん置かれた喫茶店で、
店員もピエロの仮面をかぶっている。
道化の喫茶というには、少し物悲しい。
西洋骨董的な店のつくりで、
店にはいつもオルゴールの音楽が鳴っている。
ピエロットには、ギター弾きが居ついている。
前髪が長くて表情は見えない。
気が向いたらギターを鳴らし、
または、何かを思っているようにも見える。
何か一人の人を思っているという噂もある。
誰なのかはわからない。
この日、
ピエロットには、来客があった。
廃ビルに住み着いている、詩人だ。
常にせかされている感じのする、
小心者の詩人だ。
締め切りなどがあるわけではないらしい。
それでも時計の音を聞いては、
せかされるように詩を書いているらしい。
「それでですね、作詞をしてもらいたいんです」
「さ、さ、作詞ですか」
ギター弾きが頼むと、
詩人は申し出をどもりながら復唱する。
詩人は落ち着きなくあわてる。
そわそわしだした。
「なんとなく思いついたことでいいですよ」
「はぁ…」
詩人は落ち着かない。
ギター弾きは、ピーンと一本弦を鳴らした。
「適当に奏でますから、思いついたことでいいですよ」
「はぁ…」
「では」
ギター弾きが演奏を始める。
悲しそうな音色。
哀愁というのかもしれない。
それでも、どこか遠くを思わせる音色。
遠くに、何があるのか。
詩人はノートを引っ張り出す。
詩人のメモノートだ。
詩人は目を閉じた。
詩人の持っている、懐中時計の音が、耳に届く。
鉛筆を構える。
イメージをはじき出す。
せかされるように、思いついたことを。
遠くどこかに あの人はいる
ファイアドラゴンの あの人はいる
詩人はつづりだす。
ギター弾きの奏でる曲のイメージを。
知らない世界のことを、
憧れに似たそのイメージを。
「ファイアドラゴン…」
詩人はつぶやき、消そうとしたが、消せなかった。
なんだか、ギター弾きの曲の向こうには、
ドラゴンがいるような気がした。
なんだか、そんな気がした。
詩人は再び鉛筆を構える。
イメージを追いかける。
ピエロットのひとこまである。