斜陽街一番街。
バーがある。
数々の酒瓶、無数のグラス、
静かな店内、無口なバーのマスター。
古い冷蔵庫、氷が入っている冷凍庫。
年代を感じさせるが、埃っぽくはない。
いつも掃除をしているのかもしれない。
バーのマスターは食器を磨き、
ボックス席の夜羽は、ぼんやりとしている。
有線でジャズが流れている。
落ち着く雰囲気だ。
ふいに、ドアがなった。
ノックよりかすかな音。
マスターは食器を置くと、ドアを開けに行く。
マスターが手をかけると、
ドアから、来客。
空を飛ぶ色とりどりの魚が一匹。
名前を「シキ」という。
「よぅ!」
シキは軽く挨拶する。
マスターはシキを迎え入れると、ドアを閉じた。
「おいしい水くれないか?」
マスターはうなずき、カウンターのほうに戻る。
シキはとまり木に腰掛けるわけでもなく、
ふよふよと飛ぶ。
やがて、カウンターの一角に落ち着く。
マスターは大きめのグラスに、とっておきの水を入れて出す。
口が大きいのは、シキでも飲めるようにするためだ。
シキに、そっと差し出す。
「ありがと」
シキは礼を言うと、かぽかぽと飲みだした。
手があるわけでもないし、くちばしがあるわけでもない。
空を飛ぶ魚特有の飲み方かもしれない。
やがてシキは、バーの店内をふよふよと飛ぶ。
「俺、ここって結構好きなんだ」
シキが飛びながらほめる。
マスターは軽く礼をする。
「不思議なんだよな、色がないのに存在感なんだよ」
マスターがシキのほうを見る。
「ガラスのことさ。色がないのにきらきらしてて…」
シキはそっと硝子をつつく。
かすかな音がする。
「ガラスってすごい存在感なんだよ。うん」
シキは勝手に納得した。
ふよふよとまた、バーの中を飛ぶ。
「色のない魚は、空気のようなものさ」
シキは、カウンターまで降りてきて、水のグラスをなでる。
フォン、と、奇妙な響きがする。
「空気のようで、生きてて、存在感が薄かった。昔はな」
マスターがうなずく。
「こことかで色をもらったから、俺の存在は見えるんだ」
シキは飛びながら、何か考えたらしい。
昔の相棒のことや、色を手に入れた頃のことかもしれない。
「色がなくても存在感があるって、俺にとっては不思議だな」
マスターはうなずき、食器を拭き始めた。
シキはまた、かぽかぽと水を飲んだ。