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第293話 坂道

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

アルミの細工のしてある扉の向こうの物語。


ウゲツとネココの自転車は、

見知っているような、見知らぬ町を行く。

かすかな音を立てて、自転車は走る。

ウゲツはペダルを踏む。

重くない。

町の中を自転車は走る。

遠くを目指して。

懐かしい遠くを目指して。

「がんばれウゲツ」

後ろでネココが応援する。

ウゲツは、ネココのぬくもりを感じる。

居心地のいい寝床の中のような、

そんなぬくもり。

ウゲツはペダルをまた、踏む。

自転車は小さい音を立てて、どんどん進んだ。


やがて、ウゲツは自転車のペダルが、

微妙に軽くなったことに気がつく。

いっぱい踏んでいないのに、

なんだかスピードがつく。

バランスは崩れないが、

微妙に速い気がする。

ウゲツは不思議に思った。

それはネココにも伝わったらしい。

「ここは、坂道だね。平らな坂道だよ」

ウゲツはそんなものは、知らない。

「坂道に見えない坂道なんだ、まっ平らだけど坂道なんだ」

ネココが説明してくれる。

なるほど、そういうものかもしれない。

ウゲツは納得すると、

平らな坂道を、スピードのままに走った。

店や家が、通り過ぎていく。

こがなくても速い。

風が髪をくすぐる。

速い。


やがて、ウゲツの目の前に、下り坂道が見えた。

ウゲツはスピードのまま、

下り坂道に入ろうとする。

「今度はちょっと大変だよ。下り上り坂道だ」

ウゲツはそんなものは、知らない。

「下りに見えるけど、上りなんだ。きっとゆっくりになるよ」

ネココが説明してくれる。

ウゲツは心の準備をした。

次の下り坂らしいものに入ると、

自転車のペダルが重くなった。

下っているのに、まるで上り坂だ。

「がんばれウゲツ」

ネココが応援する。

疲れることもないし、

バランスが崩れるわけでもない。

後ろのネココはあたたかいし、

ウゲツはなんだかきもちいい。

ウゲツは下り上り坂道を走る。

ゆっくり、確実に。


自転車は、坂道越えた。

「さぁ、どんどん遠くに行こうよ」

後ろのネココが応援する。

ウゲツは小さくうなずき、

また、ペダルを踏んだ。

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