これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。
男はボックス席に座っている。
ガタンゴトン、列車は揺れている。
当たり前の揺らぎに、踏み切りのカンカンなる音が、
近づいて、遠ざかっていった。
男は、ボストンバックを見る。
ずいぶん重い荷物だった。
男の何らかの過去が、
この中に入っているのかもしれない。
男は、ボストンバッグについた札を見た。
「イチロウ…」
イチロウ、それは男の名前だったような気がした。
イチロウは、ボストンバッグを足元に置いた。
そのまま、席にまた座りなおしてみた。
軽くため息。
風景が通り過ぎていく。
駅から駅の間だろうか。
家と呼べるようなものは少なく、
電線が窓の外を区切っている。
畑、水田、または何かを栽培しているハウス。
人影は見えない。
イチロウからすれば、
窓に映し出されている映画か何かのように、
現実味が薄い気がした。
この風景と自分は、別の場所にいる。
イチロウは、そう感じた。
ガタンゴトン。
列車は揺れている。
風景は結構な速度で通り過ぎていく。
どんどん、後ろへ後ろへと飛んでいく。
遠くの家、大きな家、小さな家。
風景は郊外から田舎になった気がした。
木々…林、森、雑草が生い茂る。
そんな緑色が遠くに見える。
さらに遠くに、山を形作っている線が見える。
空色を少し濃くしたように見える。
山の線も、ゆっくりと後ろへ飛んでいった。
風景はいくつも切り替わる。
ゆっくりと、確実に。
同じ風景はない。
通り過ぎていく風景。
自分のいない風景。
自分の関わらない風景。
カンカンと踏み切りの警報が、
近づき、また、遠くへ行った。
イチロウは窓の外を見る。
人影はない。
それでも、人がいるということを主張する、
窓の外の風景。
電線が区切り、様々の色が彩る風景。
この風景を知っているような気もしたし、
知らないような気もした。
田舎のような風景。
どこでこの風景を知ったような気になったが、
イチロウは考えようとしてやめた。
考える必要も、多分ない。
列車は揺れる。
風景は後ろへと飛んでいった。