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第291話 綿

斜陽街番外地。

廃ビルのわりと近くに、人形師がいる。

家とも言いがたいし、

店とも言いがたい。

ねぐらというのもちょっと違う。

人形師は、基本的にそこに住んでいて、

びっくりさせる人形を作るのが趣味だ。


人形師は、多くの人形に見守られながら、

一つ、人形を作っていた。

顔は陶器のようなもの、

身体は布や何かを合わせたもの、

別途、服があるらしい。

人形師は、新しい人形の身体に、

器用に綿を詰めていく。

ある程度具合を調整をしたり、

陶器の顔の具合も見たりする。

陶器の顔は、男の顔だ。

精悍な顔というものかもしれない。

よくできた傷のようなものもある。


人形師は綿をつめる。

身体にはらわたを入れるようなものか、

あるいは、人形に形を持たせるものか。

人形には様々の形がある。

人の、形。

全てに綿が詰まっているわけではない。

でも、人形師の人形には、

人形師の思いが、詰まっている。

他の思いを詰め込むと、

膨れてしまうくらいに詰まっている。


人形師は、新しい人形の綿の具合を見た。

あちこち握ってみる。

やわらかく、それでいて硬い。

以前は、思いを乗せた歌があったものだった。

あの時は、人形が膨れて大変だった。

人形師は思い返す。

そのときに比べれば、平和になったものだと。


人形に服を着せる。

手を通し、足を通し、

ピシッと人形が決まる。

それは、精悍な顔をした、軍人の人形になった。

どこの国かはわからない。

どこの軍かもわからない。

ただ、軍人という印象。

陶器の顔が、きりりとしている所為もあるのだろう。


「はて」

人形師は困った顔をする。

「何かが足りないね」

軍服らしいものも着せた。

それでも、何かが足りないような感じがする。

しゃきっとしていて、綿はちゃんと詰まっている。

人形師の思いも詰め込んだ。

それなのに何かが足りない。

持ち物だろうか。

軍人が何も持っていないというのが、

人形師のイメージでは、ちょっと足りないらしい。


「ジョン、行こうか」

人形師は、軍人人形をかばんに入れると、

斜陽街に出て行った。

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