これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
丸い雫が彫られた扉の向こうの世界の物語。
ヤジキタ宅急便屋の二人が、
扉の向こうへ届け物をしに来ていた。
気の強い女のヤジマと、
気の弱い男のキタザワだ。
二人は合成屋から預かった品物を、
扉の向こうの店に届けに来ていた。
合成屋から預かったのは、
何かの機械らしい。
ちょっと重いその機械を、店の主人と一緒になって置いた。
一仕事して、
ため息一つ。
「ふぅ…」
「いい汗かきましたね」
二人は店のカウンターから出て来る。
「おつかれでしょう、ジュースでもいかがですか?」
店の主人が、飲み物を出してくる。
「どうも」
「あ、ありがとうございます」
二人して飲み物を手に取る。
「わー、おいしいですね、ヤジマさん」
「…うん」
「どうしました?ヤジマさん」
ヤジマは窓を…その向こうを見ている。
「どんな世界なんだ?ここは」
ヤジマが窓から目を離さないまま、たずねる。
店の主人は、うなずくと、話し出す。
「ここは、空気の底という場所ですよ」
「空気の底?」
キタザワが聞き返す。
「昔々にいろんなことがあってね」
「いろんな?」
「そう、いろんなこと。それ以来、水は地上から逃げてしまったのですよ」
「あのきらきらしてるのが水かい?」
ヤジマがあごで示す。
店の主人はうなずく。
「そう、水は空気のずっと上にあるのですよ」
ヤジマはジュースを飲む。
果実の刺激が心地いい。
窓の外、それは砂漠に近い。
珊瑚のようなものがところどころ、砂の合間に生えている。
光を屈折させて、何かがゆっくり飛び交っている。
魚のように見えた。
色のない魚かもしれない。
そして、その砂漠のはるか上に、
きらきら光っている雫のような、水があるらしい。
見上げれば、昼に見える星のようでもある。
そんな砂漠の中、この店は、どうやらぽつりとあるようだ。
「暇ですし、昔話でもしましょうか」
「聞かせてください。どんな話なんだろう」
キタザワは店の主人に頼み込む。
ヤジマは苦笑いしながら、ジュースをまた飲んだ。
「昔々…」
店の主人は昔話を始める。
外では、色のない魚が群れをなして飛んでいる。
のどかな、空気の底の昼下がりである。