目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第287話 昔話

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

丸い雫が彫られた扉の向こうの世界の物語。


ヤジキタ宅急便屋の二人が、

扉の向こうへ届け物をしに来ていた。

気の強い女のヤジマと、

気の弱い男のキタザワだ。

二人は合成屋から預かった品物を、

扉の向こうの店に届けに来ていた。


合成屋から預かったのは、

何かの機械らしい。

ちょっと重いその機械を、店の主人と一緒になって置いた。

一仕事して、

ため息一つ。


「ふぅ…」

「いい汗かきましたね」

二人は店のカウンターから出て来る。

「おつかれでしょう、ジュースでもいかがですか?」

店の主人が、飲み物を出してくる。

「どうも」

「あ、ありがとうございます」

二人して飲み物を手に取る。

「わー、おいしいですね、ヤジマさん」

「…うん」

「どうしました?ヤジマさん」

ヤジマは窓を…その向こうを見ている。

「どんな世界なんだ?ここは」

ヤジマが窓から目を離さないまま、たずねる。

店の主人は、うなずくと、話し出す。


「ここは、空気の底という場所ですよ」

「空気の底?」

キタザワが聞き返す。

「昔々にいろんなことがあってね」

「いろんな?」

「そう、いろんなこと。それ以来、水は地上から逃げてしまったのですよ」

「あのきらきらしてるのが水かい?」

ヤジマがあごで示す。

店の主人はうなずく。

「そう、水は空気のずっと上にあるのですよ」


ヤジマはジュースを飲む。

果実の刺激が心地いい。


窓の外、それは砂漠に近い。

珊瑚のようなものがところどころ、砂の合間に生えている。

光を屈折させて、何かがゆっくり飛び交っている。

魚のように見えた。

色のない魚かもしれない。

そして、その砂漠のはるか上に、

きらきら光っている雫のような、水があるらしい。

見上げれば、昼に見える星のようでもある。

そんな砂漠の中、この店は、どうやらぽつりとあるようだ。


「暇ですし、昔話でもしましょうか」

「聞かせてください。どんな話なんだろう」

キタザワは店の主人に頼み込む。

ヤジマは苦笑いしながら、ジュースをまた飲んだ。


「昔々…」

店の主人は昔話を始める。

外では、色のない魚が群れをなして飛んでいる。

のどかな、空気の底の昼下がりである。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?