これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
取っ手に鈴のついた扉の向こうの物語。
その世界には、天使がいた。
真っ白な羽で空を飛ぶ、天使。
白いローブに金髪。
ただし、その顔は、ない。
顔のあるべきところには、何のパーツもない。
人の形をしながら、人でないもの、
人を超えているかもしれないもの。
唯一の神には、どうも仕えていないようなもの。
それでも、天から使わされたであろうもの。
人の姿かたちをしているもの。
それでも、人にはなかなか見えないもの。
そんな、天使だ。
その世界には、
鈴のなっている木がある。
一年に一度、鈴の木は、鈴を実につける。
花が咲いて、しぼんだそのあと、
果実として鈴がなる。
大きな木に、大量の鈴がなる。
天使は、その鈴を羽にくくりつけて、
羽ばたくのを好んでいるらしい。
羽ばたくたびに、
祝福するような鈴の音色が、
しゃーん、しゃーんと。
天使の表情はわからない。
それでも、天使は羽に鈴をつけて、
あっちこっちを飛び回っている。
しゃーん、しゃーん。
その世界に鈴がなる。
かすかに天使の鈴が鳴る。
夜には眠りを、
朝には安息を、
植物には実りを、
人には祝福を。
小さな小さな鈴の音色。
人と同じくらいのサイズでありながら、
天使は誰にも気づかれず、
羽ばたき、鈴を鳴らし、祝福する。
風にも乗って、雲にも乗って。
鈴で飾った天使の羽。
表情のまったくない天使。
機械的でもありながら、
限りなく慈愛をこめて、祝福を伝える。
天使は、その世界の片隅に、
打ち捨てられた扉を見つけた。
取っ手に鈴がついている。
天使がそっと取っ手の鈴に触れると、
羽の鈴と取っ手の鈴は共鳴して、
小刻みに震えだした。
天使は、そっと扉を開く。
鈴が、大きく、一度、鳴る。
しゃん!
天使は扉の向こうに足を踏み入れた。
扉は天使を吸い込み、
やがて、扉は閉まった。
天使は扉の向こうへ。
取っ手の鈴が、ころころと小さな音を立てた。