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第283話 自転車

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

アルミの細工のしてある扉の向こうの物語。


少年がその町にいた。

町は静かな町。

中心の繁華街に行けば、それなりに、にぎわっている。

少年は、いわゆる郊外に住んでいる。


ある日。

静かな郊外の住宅街。

そこがいつもより静かな日。

少年は、静かな高揚感と緊張感を感じた。

町はいつもと変わらないのに静かで、

明るいのに、眠っているような、

町が夢を見ているような感覚がした。


少年は、ぼやけた太陽のもと、

自転車を持ち出した。

静かな町に、自転車が地面と触れ合う音がする。

少年は、どこかへ行かなくてはいけないかなと思った。

どこかで誰かが待っている。

そんな気がした。


少年は自転車をこぎだす。


やがて少年の自転車は、

知っているけれど知らない通りに出た。

遠くに来たのだろうか。

それでも、なぜかその場所を知っている気がした。

なんとなく、懐かしい。


小さな交差点。

その角に、少女がいる。

その少女を、少年は、なぜか懐かしく思った。

少女は少年に気がついた。

顔を上げる。

猫のような目。揺れる黒髪。

きれいなワンピースのような気がする。


少年は少女に近づく。

少女は微笑んだ。

「私を乗せてよ」

少年は答えに戸惑ったが、

後ろにいつしか荷台があることに気がつく。

「乗っていい?」

少年はうなずく。

「君の名前は?」

少女の問いかけに、少年は考える。

そういえば自分の名前は、なんといっただろうか。

少女はその考えを読み取ったらしい。

「君はウゲツ。あたしはネココ。それでどう?」

少年…ウゲツはうなずいた。

ネココは微笑んだ。


ネココは身軽に自転車の荷台に腰掛けた。

「さぁ、遠くに行こうよ」

ネココに言われ、ウゲツはペダルを踏む。

小さな音を立てて、自転車が動き出す。

バランスは崩れず、ペダルは軽く。


二人は懐かしい遠くを目指して、

夢見ている町を走り出した。

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