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第280話 役割

いつもの斜陽街。

いつもの一番街のバーの、

いつものボックス席。

妄想屋の夜羽は、そこにいる。


夜羽は一通りお客から、妄想を聞いたところだ。

お客はすでに席を立っていて、

夜羽が一人、カセットテープにラベルを貼っている。

そのそばには、いつものように、

ひねくれたロゼワインのスプリッツァもある。


夜羽の役割は、

ここで妄想を聞き、または再生すること。

それが妄想屋の役割だ。


カランカラン


「あー、骨折れた」

「ちゃんと帰り着いてるといいですね」

二人組みがやってくる。

ヤジマとキタザワだ。

彼らはそれぞれ、いつものギムレットと、ファジーネーブルを注文する。

彼らもまた、斜陽街で役割を見つけたクチだ。

ヤジキタ宅急便屋。

それは、斜陽街になくてはならないものになっている。


カランカラン


「マスター、いいの仕入れたで」

いんちきな関西弁は、酒屋の主。

「めったに見つからん廃墟で取ってきたもん。まぁ、おいといてな」

マスターは酒を手に取り、

ぺこりと一礼した。

酒屋の主もまた、斜陽街の住人。

自慢できる一品ができたらしい。


斜陽街の住人も、

斜陽街に訪れるものも、

斜陽街の外にいるものも、

みんな、役割がある。

夜羽はそう思う。


役割が欠けてはいけないし、

誰が欠けても世界は成り立たない。


夜羽は、先ほど録音した妄想を思い出す。

『あなたが立っているそこが、世界の始まりであり』

『あなたが立っているそこが、世界の果て』

『世界はあなたが見聞き、歩くことで始まり』

『世界はあなたがいなくなることで、あなたから消えてしまう』


夜羽は、帽子のふちで見えない視線を泳がせる。

あるいは、泳がせるような動作を取った。

何もかも、存在する以上は、役割がある。

存在がその役割を知っているかは、わからないにしても、

きっと、何かの役割は持っているのだ。


きっと、この世界は無数の役割があり、

斜陽街は、その中の一部に過ぎないのかもしれないと夜羽は思った。

斜陽街がなぜ存在するかはわからない。

それでも夜羽は斜陽街が好きだ。

混沌とした路地裏風情の、

斜陽街が好きだ。


「でさ、お姫様を送り届けたわけよ」

「ほー、お姫様か。こっちは廃墟を一つ、砂山にしてきたわ」

「砂山か。砂屋さんに言ったほうがいいでしょうか」

「そのうちわかるやろ」

ヤジマとキタザワ、酒屋が取り留めない会話をして、

やがて、酒屋が少し遠い目をする。

「なんか、わかる。そういう役割もっとるもんや」

ヤジマは黙ってギムレットを飲んだ。

キタザワも倣って酒を飲んだ。

いつもの斜陽街。

いつもの風景だ。


あなたがいるそこが、あなたの世界の始まり。

あなたがいるそこが、あなたの世界の果て。


斜陽街はいつでもあなたを待っています。


ではまた。斜陽街で逢いましょう。

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