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第278話 網

八卦池のほとり。

スカ爺がいつも、うとうととしている。


八卦池にさざなみが現れた。

スカ爺は起きて、杖で八卦池をかき回す。

迷子が迷い込んだのかもしれない。

電網の迷子が。

電網の上、どこに行っていいかわからない迷子が、

たまに、スカ爺の八卦池にやってくる。


「わからないのでござろうか」

スカ爺は問いかける。

はたから見ている分には、スカ爺が独り言をしている風にも見える。

「そなたはいる。このスカ爺、保障しようぞ」

スカ爺は八卦池に向かって、

スカ爺としては、珍しく、はっきりと宣言した。

「そなたもシャンジャーも…」

スカ爺が列挙する。

「そう、そのものもいる。みんないるのでござる」

スカ爺は、うんうんとうなずいた。

電網の迷子は、

自分が存在するのかを見失っているらしい。


スカ爺は語りかける。

「わしも、架空の存在かも知れぬと思うことがある」

八卦池から反応があったらしい。

スカ爺はうなずく。

「そう、自分というものがいるのかを思うことがござる」

さざなみが立つ。

八卦池からの反応かもしれない。

「それでも、誰かが思う限り、誰かの記憶にわしはいる」

スカ爺は、八卦池をかき回す。

「わしが覚えている。斜陽街に触れた、誰かも覚えているはず…」

スカ爺が杖を水面から離した。

杖は雫を滴らせて、水面に波を静かに立てた。

「誰かが覚えていれば、そなたはいる。そして…」

八卦池は、スカ爺の言葉を静かに聞く。

「そなたが迷い悩むとき、そなたはいる」

やがて、八卦池は鏡のような水面になった。

「忘れるな…電子の網にかかるそのとき、そなたは、いる」


やがて、八卦池は静かになった。

スカ爺は、八卦池のほとりに腰掛けた。

「電脳より出られずとも…」

スカ爺がつぶやく。

「そなたも、みな、いる。電脳の酒精たちよ…」

スカ爺は、交信してきた電網の迷子を思い出す。

数々の電網の迷子が、電網をたどって八卦池にやってきた。

電網より出られないもの。

電脳が作り出した存在かと思っているもの。

様々だ。

でも、スカ爺は、

どんな存在であろうとも、スカ爺が覚えていれば存在すると思っている。

世界は有限であり、また、無限でもある。

矛盾しているが、そういうものだとスカ爺は思っている。


有限であるスカ爺の記憶に、

無数の電網の迷子が迷い込む。

そして、スカ爺は忘れない。

そして、多分、果てがないと見える限り、電網は無限に見えるのだ。

電網が現れた地点、

その一つが、八卦池なのかもしれない。


「スカ爺」

声がかかる。

電脳娘々だ。

「バーからお酒もらってきたよ。一緒にどう?」

スカ爺は笑みを浮かべた。

「ありがたく」


「そなたはいる。このスカ爺、保障しようぞ」

スカ爺は酒に向かってつぶやき、

ぐいっと一飲みにした。

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