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第274話 隠者

これは、どこかの扉の向こうの物語。

どこともわからない扉の向こうの物語。


そこには、珊瑚礁の海が広がっていた。

遺跡のあとがある。

その近くに、石造りの小さな家があった。

家には、幼い女の子と、隠者が住んでいる。

幼い女の子は、飽きずにおもちゃをいじくっている。

どんなに遊んでも飽きないおもちゃらしい。

隠者は元気に海のそばで暮らしている。

食べられる野草を取ったり、

あるいは、海のそばで農業もするし、

女の子も、そのお手伝いをする。


「ジジ」

女の子が隠者に呼びかける。

隠者はおじいさんと言われるくらいの外見をしている。

それだから、ジジなのかもしれない。

「どうした、ノゾミ」

ジジはゆったりと聞き返す。

女の子は、ノゾミと言うらしい。

「ノゾミはいつまでノゾミなの?」

ノゾミは謎かけのように問う。

「そうだなぁ、ノゾミはいつまでもちっちゃいなぁ」

ジジは穏やかに、ノゾミの頭をなでる。

「ノゾミはお人形さんなのかもしれないな」

「やだ。ノゾミはいろんなノゾミになりたい」

ジジはさびしそうに微笑んだ。

「ジジはわかんないことがたくさんある」

「ジジにも?」

「うん、たくさんある。ノゾミがどうしてそのままかも知らない」

「ジジ…」

ジジはゆっくりと諭すように話す。

「ノゾミはそのままでいいのかもしれない。ジジはそう思うよ」

ノゾミはうなずいた。


ゆっくりした会話が、ふっと途切れると、

ノゾミが何かに気がついた。

「海の向こうから、音がする」

「おやおや…嵐かい」

「違う…と、思う」

ノゾミが曖昧に答えると、

ジジにもわかるくらい、音はだんだん大きくなった。

聞き慣れないモーターの音、エンジンの音、

大きく、大きくなって、

そして、珊瑚礁の広い砂浜に突っ込む音。


「どれ、見に行こうか」

ジジはノゾミの手を取って家を出た。


砂浜には、

がらくたの山のようなものが突っ込んでいた。

ジジとノゾミは見慣れないものを眺めていた。

おもちゃの大きなものに見えないこともない。

やがて、がらくたの山のようなそれから、

そろいの帽子をかぶった人が、二人、飛び出してきた。


「もうちょっと柔らかく着地できないのか」

おじいさん、というくらいの男が毒づく。

「珊瑚礁を壊したくなかったんですよ」

気の弱い、青年が答える。

そして、ジジとノゾミに気がつく。

青年が問いかけた。

「ここは世界の果てですか?」

ジジは、わからないと返した。

「僕たちは、何年も世界の果てを目指しているんですよ」

「どうして?」

ノゾミが問いかける。

「どうしてだかはわからないです。でも、世界の果てを見て…」

「見て?」

「世界の果てから、どこかに帰らなくちゃいけないんです」

「どこへ?」

「世界の果てを見たら、きっと思い出せると思います」


がらくたの山は、簡単に整えられ、

また、大きな音を立てて飛んでいった。

「みんな、わかんないんだね」

「そういうこともある」

ジジは、ゆっくりノゾミの頭をなでた。

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