これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。
ワイバーンという名の大型飛行機が完成してから、
数日が過ぎた。
その数日の間に、
ワイバーンの中に食料や燃料、
その他、こまごましたものを積み込む作業が行われた。
最終チェックも終わった。
飛べる、はず。
草原をなでる風が穏やかな朝。
いつものように、朝方は霧がかかっている。
朝もやの中の小さな家で、
4人は朝食を取った。
その席で、ギアビスが話し出す。
「今日、出発の日にしようと思う」
皆がうなずいた。
風は穏やかに吹き、
少しずつ、霧を流れさせていった。
「さぁ、朝ごはんを食べたら、出発だ」
ギアビスはそう言い、微笑んだ。
朝もやの流れた草原。
やわらかい日の光が、大型飛行機を照らしている。
4人は、準備を整え、やってきた。
パックは職人道具を持って。
ダットラットは飛行用ゴーグルを持って。
「それじゃ、いっちょ行くか」
パックはひょいとワイバーンに乗り込んだ。
未練らしいものはないらしい。
ただ、自分の作った飛行機で世界を目指すこと。
中年職人は、常に先を目指していた。
ギアビスが、手編みの帽子をダットラットに渡した。
「上空は寒いかもしれないよ。パックさんとおそろいで」
ダットラットは2つの帽子を受け取り…
うつむき…
顔を上げた。
きりりとした表情になっている。
「行ってきます。そして、世界の果てを見て、必ず戻ってきます」
「うん、待ってる」
ギアビスの答えを聞き、
ダットラットはワイバーンに乗り込んだ。
「行きます!」
「おう」
ダットラットがエンジンをかける。
大型飛行機から…風が起きる。
大型飛行機を中心に、草原に波が起きる。
風の波だ。
風はどんどん強くなる。
轟音が起き…
ワイバーンは、少しずつ空へと…
空へと浮かんで…
急上昇。
そして、世界の果てへと向けて、草原の、砂浜の、海の向こうへと飛び出していった。
あっという間の出来事だった。
ワイバーンの風が止み、
それでもギアビスは、ワイバーンの去ったあとを見ていた。
「ギアビス」
レオンが声をかける。
ギアビスは振り向かない。
「ねぇ、レオン」
ギアビスは呼びかけで返した。
「この草原の別名、覚えてる?」
「別名?」
レオンは記憶のどこかで引っかかっていたが、すぐには思い出せなかった。
「忘却の草原って言うんだよ」
「ああ…」
そういえばそんなことを聞いたこともあった。レオンは思い出した。
「あの二人も、きっとここのことを忘れる」
ギアビスは振り向かない。
振り向かず、うつむいている。
「ギア…」
レオンがたまらず声をかけようとすると、
ギアビスは顔を上げた。
凛とした表情。
その背には、ダットラットにもパックにも隠していた白い翼。
「大空を行け!この飛べぬギアビスに代わって!」
飛べないギアビス。
完全になれないギアビス。
その翼に風を受け、ギアビスは、草原の向こうを見つめていた。
レオンもまた、同じ方を見つめていた。
帰ってきてほしい。
祈りをこめて。
ワイバーンの、出発した、その空を見つめていた。