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第272話 出発

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。


ワイバーンという名の大型飛行機が完成してから、

数日が過ぎた。

その数日の間に、

ワイバーンの中に食料や燃料、

その他、こまごましたものを積み込む作業が行われた。

最終チェックも終わった。

飛べる、はず。


草原をなでる風が穏やかな朝。

いつものように、朝方は霧がかかっている。

朝もやの中の小さな家で、

4人は朝食を取った。

その席で、ギアビスが話し出す。

「今日、出発の日にしようと思う」

皆がうなずいた。

風は穏やかに吹き、

少しずつ、霧を流れさせていった。

「さぁ、朝ごはんを食べたら、出発だ」

ギアビスはそう言い、微笑んだ。


朝もやの流れた草原。

やわらかい日の光が、大型飛行機を照らしている。

4人は、準備を整え、やってきた。

パックは職人道具を持って。

ダットラットは飛行用ゴーグルを持って。

「それじゃ、いっちょ行くか」

パックはひょいとワイバーンに乗り込んだ。

未練らしいものはないらしい。

ただ、自分の作った飛行機で世界を目指すこと。

中年職人は、常に先を目指していた。


ギアビスが、手編みの帽子をダットラットに渡した。

「上空は寒いかもしれないよ。パックさんとおそろいで」

ダットラットは2つの帽子を受け取り…

うつむき…

顔を上げた。

きりりとした表情になっている。

「行ってきます。そして、世界の果てを見て、必ず戻ってきます」

「うん、待ってる」

ギアビスの答えを聞き、

ダットラットはワイバーンに乗り込んだ。


「行きます!」

「おう」

ダットラットがエンジンをかける。

大型飛行機から…風が起きる。

大型飛行機を中心に、草原に波が起きる。

風の波だ。

風はどんどん強くなる。

轟音が起き…

ワイバーンは、少しずつ空へと…

空へと浮かんで…


急上昇。

そして、世界の果てへと向けて、草原の、砂浜の、海の向こうへと飛び出していった。


あっという間の出来事だった。


ワイバーンの風が止み、

それでもギアビスは、ワイバーンの去ったあとを見ていた。

「ギアビス」

レオンが声をかける。

ギアビスは振り向かない。

「ねぇ、レオン」

ギアビスは呼びかけで返した。

「この草原の別名、覚えてる?」

「別名?」

レオンは記憶のどこかで引っかかっていたが、すぐには思い出せなかった。

「忘却の草原って言うんだよ」

「ああ…」

そういえばそんなことを聞いたこともあった。レオンは思い出した。

「あの二人も、きっとここのことを忘れる」

ギアビスは振り向かない。

振り向かず、うつむいている。

「ギア…」

レオンがたまらず声をかけようとすると、

ギアビスは顔を上げた。


凛とした表情。

その背には、ダットラットにもパックにも隠していた白い翼。


「大空を行け!この飛べぬギアビスに代わって!」


飛べないギアビス。

完全になれないギアビス。


その翼に風を受け、ギアビスは、草原の向こうを見つめていた。

レオンもまた、同じ方を見つめていた。

帰ってきてほしい。

祈りをこめて。


ワイバーンの、出発した、その空を見つめていた。

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