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第271話 渡河

どこかの扉の向こう。

政府軍とゲリラが、熱帯雨林で戦っていた。

戦争だ。

内戦とも言うのかもしれないし、

クーデターとも言うのかもしれない。


一介の兵士は、そんなことはわからなかった。

名前を仮にジョンとする。


ジョンは一介の兵士だ。

前線に赴き、武器をもって相手を殺す。

一応政府軍の一人だ。

ゲリラから身を隠しつつ、

ゲリラに攻撃を仕掛ける。

上からの命令に従う、ただの兵士だ。


ジョンの所属する小隊は、

河を渡らんとしていた。

ゲリラに橋を落とされ、

ざぶざぶと河に足を踏み入れ、

ずぶ濡れになりながら、ジョンの小隊は渡って行った。


(腐ってやがる)


ジョンは思った。

この河は腐っていると。

ゲリラは腐らせるすべなど知らない。

全てを知るものならば…


あの時、熱帯雨林の中にあるビルの中…

配管から漏れる水を浴びていた少女ならば…

あの少女は、きっと全てを知るもの。

あの少女ならば、

きっと、どうしてこの河が腐ってしまったかを知っている。


ジョンは、流れる河が腐っているのを、

悲しいと思う前に、不快だった。

自分まで腐ってしまいそうだと思った。


(くそっ、誰が腐らせたんだ)


ジョンは心で悪態をついた。

声に出しては、ゲリラに気づかれる恐れがあるからだ。

あるいは、この腐った河のほうが安全なのかもしれないとも思った。

ゲリラもここまでは来ないだろうと。

そういう予感もあった。


何人もの兵士が、

死んで、腐った。

埋められた。

腐ってしまった兵士たちが、

もしかしたら表面に出てきたのかもしれないと、

ジョンは河を渡りながら思った。


ジョンの小隊は、

河を渡りきった。

河の向こうに、他の小隊がいるはずと信じて。

腐った河の水をまとわりつかせながら、

兵士たちは無言で進んだ。


(くさりくさりしくさりしなれど…)

ジョンの頭に、不思議な言葉が響いた気がした。

ジョン自身は、頭まで腐ったかと、どこかで思った。

それでいいとも思った。

戦争は、頭が腐っていないと出来ない。

そういうものだとジョンは思った。

人が人を殺すことなど、

脳が腐らないと出来ない。

薬などではごまかせない。

この熱帯雨林の中、腐っていないといけない。

ジョンはそう思った。


すべて腐ってしまえば…

ジョンという仮名の、一介の兵士は、そう思った。

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