どこかの扉の向こう。
政府軍とゲリラが、熱帯雨林で戦っていた。
戦争だ。
内戦とも言うのかもしれないし、
クーデターとも言うのかもしれない。
一介の兵士は、そんなことはわからなかった。
名前を仮にジョンとする。
ジョンは一介の兵士だ。
前線に赴き、武器をもって相手を殺す。
一応政府軍の一人だ。
ゲリラから身を隠しつつ、
ゲリラに攻撃を仕掛ける。
上からの命令に従う、ただの兵士だ。
ジョンの所属する小隊は、
河を渡らんとしていた。
ゲリラに橋を落とされ、
ざぶざぶと河に足を踏み入れ、
ずぶ濡れになりながら、ジョンの小隊は渡って行った。
(腐ってやがる)
ジョンは思った。
この河は腐っていると。
ゲリラは腐らせるすべなど知らない。
全てを知るものならば…
あの時、熱帯雨林の中にあるビルの中…
配管から漏れる水を浴びていた少女ならば…
あの少女は、きっと全てを知るもの。
あの少女ならば、
きっと、どうしてこの河が腐ってしまったかを知っている。
ジョンは、流れる河が腐っているのを、
悲しいと思う前に、不快だった。
自分まで腐ってしまいそうだと思った。
(くそっ、誰が腐らせたんだ)
ジョンは心で悪態をついた。
声に出しては、ゲリラに気づかれる恐れがあるからだ。
あるいは、この腐った河のほうが安全なのかもしれないとも思った。
ゲリラもここまでは来ないだろうと。
そういう予感もあった。
何人もの兵士が、
死んで、腐った。
埋められた。
腐ってしまった兵士たちが、
もしかしたら表面に出てきたのかもしれないと、
ジョンは河を渡りながら思った。
ジョンの小隊は、
河を渡りきった。
河の向こうに、他の小隊がいるはずと信じて。
腐った河の水をまとわりつかせながら、
兵士たちは無言で進んだ。
(くさりくさりしくさりしなれど…)
ジョンの頭に、不思議な言葉が響いた気がした。
ジョン自身は、頭まで腐ったかと、どこかで思った。
それでいいとも思った。
戦争は、頭が腐っていないと出来ない。
そういうものだとジョンは思った。
人が人を殺すことなど、
脳が腐らないと出来ない。
薬などではごまかせない。
この熱帯雨林の中、腐っていないといけない。
ジョンはそう思った。
すべて腐ってしまえば…
ジョンという仮名の、一介の兵士は、そう思った。