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第267話 観察

斜陽街二番街、花術師の店にて。

花術師のおばあさんは、花を観察していた。

以前、合成屋が合成して咲かせた花だ。

確か、海をイメージしたと言っていた。

なるほど、花術師が覗き込むと、

小さな一つ一つの花の中、

花の蜜のように溜まった水滴の中に、

海が小さく映っている。

「どれどれ、どんな海なのかしら」

花術師は、虫眼鏡を取り出し、

息を吹きかけて拭き、虫眼鏡をぴかぴかにすると、

好奇心の塊のような目で覗き込んだ。

好奇心に、年齢は関係ないらしい。


「瓦礫の町にも朝が来る…これは、合成屋さんが言っていたのかしらね」

その花には、すがすがしい朝が来ていた。

さざなみの音が聞こえそうなほど、

虫眼鏡は花を拡大してうつしている。

豆粒…いや、ゴマ粒ほどの人間が見える。

どんな人間なのかはわからないが、

きっと瓦礫に住まうくらい、

たくましい人間なのだろうと、花術師は思った。


「さぁて、この花は、どんな海かしら」

花術師は、別の花を虫眼鏡で覗き込む。

一面の青が映っていた。

花術師は目を凝らし、凝視する。

すると、一面の青は、空の青と海の青ということがわかる。

花術師は試しに、虫眼鏡でのぞく角度を変えてみた。

空の青と海の青に、白の砂浜が映った。

「あらあら面白い」

花術師は喜んで、いろんな角度から花を覗き込んでみた。

そこは砂浜、海の青が微妙な色彩をたたえている。

きっと珊瑚礁のきれいな海だと思った。

虫眼鏡の角度を、ずずい、と、変えてみる。

ぎりぎりのところで、家らしいものが映ったが…

それ以上は、虫眼鏡では追えなかった。

きっと、小さな家だろうと花術師は思った。

そこに、のんびり暮らしている人がいるのかもしれない。

そんな南国の穏やかさを、花術師は感じた。


「さて、と…」

花術師は、虫眼鏡から目を離した。

「まだ、頼まれたものがあったんでしたっけ」

夢中になっていて、どうやら忘れていたらしい、頼まれごとがあったらしい。

「種の具合は…」

花術師は、小さなガラスの容器に入った、種の具合を見た。

ふっくらして、今にも芽が出そうだ。

「これなら、あちこちに撒いても大丈夫そうね」

花術師は、ガラスの容器ごと種を手に取ると、

店に「休業中」の看板を出し、

斜陽街の外へと出かけていった。


花術師がどこへ行くのか。

何の花が咲くのか。

花術師以外は、わからない。

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