斜陽街二番街、花術師の店にて。
花術師のおばあさんは、花を観察していた。
以前、合成屋が合成して咲かせた花だ。
確か、海をイメージしたと言っていた。
なるほど、花術師が覗き込むと、
小さな一つ一つの花の中、
花の蜜のように溜まった水滴の中に、
海が小さく映っている。
「どれどれ、どんな海なのかしら」
花術師は、虫眼鏡を取り出し、
息を吹きかけて拭き、虫眼鏡をぴかぴかにすると、
好奇心の塊のような目で覗き込んだ。
好奇心に、年齢は関係ないらしい。
「瓦礫の町にも朝が来る…これは、合成屋さんが言っていたのかしらね」
その花には、すがすがしい朝が来ていた。
さざなみの音が聞こえそうなほど、
虫眼鏡は花を拡大してうつしている。
豆粒…いや、ゴマ粒ほどの人間が見える。
どんな人間なのかはわからないが、
きっと瓦礫に住まうくらい、
たくましい人間なのだろうと、花術師は思った。
「さぁて、この花は、どんな海かしら」
花術師は、別の花を虫眼鏡で覗き込む。
一面の青が映っていた。
花術師は目を凝らし、凝視する。
すると、一面の青は、空の青と海の青ということがわかる。
花術師は試しに、虫眼鏡でのぞく角度を変えてみた。
空の青と海の青に、白の砂浜が映った。
「あらあら面白い」
花術師は喜んで、いろんな角度から花を覗き込んでみた。
そこは砂浜、海の青が微妙な色彩をたたえている。
きっと珊瑚礁のきれいな海だと思った。
虫眼鏡の角度を、ずずい、と、変えてみる。
ぎりぎりのところで、家らしいものが映ったが…
それ以上は、虫眼鏡では追えなかった。
きっと、小さな家だろうと花術師は思った。
そこに、のんびり暮らしている人がいるのかもしれない。
そんな南国の穏やかさを、花術師は感じた。
「さて、と…」
花術師は、虫眼鏡から目を離した。
「まだ、頼まれたものがあったんでしたっけ」
夢中になっていて、どうやら忘れていたらしい、頼まれごとがあったらしい。
「種の具合は…」
花術師は、小さなガラスの容器に入った、種の具合を見た。
ふっくらして、今にも芽が出そうだ。
「これなら、あちこちに撒いても大丈夫そうね」
花術師は、ガラスの容器ごと種を手に取ると、
店に「休業中」の看板を出し、
斜陽街の外へと出かけていった。
花術師がどこへ行くのか。
何の花が咲くのか。
花術師以外は、わからない。