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第266話 勝敗

斜陽街二番街、喫茶店、ピエロット。

さっきまでピエロットのギター弾きは、

ずっとラジオを聞いていた。

どこかの街、

駆動車のレース。

音屋からラジオを買ってきて、

席についてから、ずっと聞いていた。


駆動車のレースの実況中継。

オルゴールの鳴るピエロットでは珍しく、

やかましい実況ではあった。

ギター弾きはそれでも音量を控えめにして、

ずっと、ずっと、応援していた。


ギター弾きが応援していたのは、

シキという名前のチームだ。

他のチームに肩入れをする気はなかった。

ただ、このチームだけを応援したいと思った。

ラジオで伝わる華麗なドライビング。

一種攻撃的とも思える速度。

応援したくなった。

荒削りのそれを応援したくなった。


あるいは、昇りゆく太陽のような感覚。

誰もとめることの出来ない、

確実な勢いのようなもの…

「アキ…」

そう、今までのアキに通じた、何かを、

チーム・シキから感じた。


ドライバーの名前はわからない。

しかしそれは、太陽のようだとギター弾きは思い、

きっとアキという名前だろうと思った。


ラジオは、優勝者のインタビューに切り替わっていた。

『では、あおいさん、あかねさん、かもめさん、このお三方で…』


ヅヅッ…プツリ


ギター弾きはラジオを止めた。

シキは負けてしまった。

勝敗は、どこかでつくものとはいえ、

ひいきにしていたチームが負けるのは、どこかさびしいものがあった。


ピエロットの店内は、

再びオルゴールの音が主になった。

ギター弾きはギターを取り出し、

オルゴールの音にあわせて爪弾いた。


(後悔はないか…)

ギターを爪弾きながら、

シキのドライバーに心で呼びかける。

(ずっと応援していた。ラジオで、ずっと応援していた)

この心が届けば…

何が起こるわけでもないかもしれない。

それでも、応援を感じ取ってくれればいいと、

ギター弾きは思った。


ギター弾きはギターを爪弾く。

その傍らで、沈黙したラジオが、

今まで駆動車の実況をしていたラジオが、

だまってたたずんでいた。


勝敗だけではないことを。

ドライバーには感じ取ってもらいたい。

それは、一種のギター弾きの祈り。

アキという名の太陽に向けた祈り。

ギター弾きにとっての本当のアキは誰だったのか…

もう、ギター弾きも思い出せないかもしれない。


それゆえ、ギター弾きはアキに祈るのかもしれない。


勝敗だけじゃないと。

ラジオの向こうに、祈りをこめて。

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