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第262話 珊瑚礁

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

豆粒ほどの飾りのついた扉の向こうの世界の物語。


日差しを柔らかにさえぎる森を抜けると、

ジジとノゾミに強い風が吹いてきた。

強い、潮風だ。

ジジはノゾミをかばうように立ち、

少しだけ目を閉じた。


強い潮風が、手荒い歓迎を済ませると、

ジジは目を開けた。

そこには…

珊瑚礁の海。

どこまでも白い砂。

どこまでも、青く澄んだ海と空。

雲がぽかっと浮いている。

ジジは呆けたようにその風景を見ていた。

「うみ」

ノゾミが声にし、ジジは気がついた。

「そう、海に来たんだ」

ジジはノゾミの手を引いた。

「とりあえず、住めるところがあるといいな」

「すめるところ」

「そう、家があるといいんだがな」

ジジはノゾミの手を引きながら、

海へと歩いていった。


珊瑚礁の海は、

ところどころに石を宿していた。

柱っぽいもの、

石像っぽいもの、

遺跡というやつかもしれない。

昔はそれなりの場所だったのだろうか。

たとえば、王国だか帝国だかがあったとか。

たとえば、昔々の大富豪が、別荘を建てていただとか。

ジジはそんなことを思った。

珊瑚はそれらの石にも、その身を広げている。

石…遺跡は長い年月の果てに、

珊瑚に飲み込まれるだろうと思った。


「ジジ」

ノゾミが声をかけた。

「いえ」

ノゾミが指をさす。

その先には、確かに家があった。

「どれ、行ってみようか」

「すめるところ?」

「まだわかんない」

ジジはノゾミを優しく諭すと、一緒にゆっくり歩いていった。


家は、それなりに潮風にも耐えられる、石造りの空き家だった。

ジジは空き家の強さをある程度確かめると、

ノゾミを招き入れた。

「昔、この珊瑚礁の海を調べていた人が作ったみたいだな」

ジジがあちこちを確かめる。

布団もあれば鍋もある。

机を確かめると、地図もある。

真水の調達地点、食べられる野草の調達地点も書いてある。

ジジは決心した。

「ノゾミ、ここで暮らそう…ノゾミ?」

ふと見ると、ついてきていたノゾミがいない。

ジジは小さな家の中を探すと、

ノゾミは、とある部屋で、何かをいじっていた。

「ノゾミ?」

ノゾミが振り返る。

そして、誇らしげに手にしていたものを見せた。

「おもしろいよ」

ノゾミが見つけたのは、おもちゃらしい。

きっと、ここにいた人が忘れていったのだろうと、ジジは思った。

ノゾミはおもちゃに夢中になった。

ジジは、それもよしと思った。


ジジとノゾミと忘れられた家と忘れられたおもちゃ。

彼らはひっそりと、珊瑚礁の海で暮らすこととなった。

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