これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
豆粒ほどの飾りのついた扉の向こうの世界の物語。
日差しを柔らかにさえぎる森を抜けると、
ジジとノゾミに強い風が吹いてきた。
強い、潮風だ。
ジジはノゾミをかばうように立ち、
少しだけ目を閉じた。
強い潮風が、手荒い歓迎を済ませると、
ジジは目を開けた。
そこには…
珊瑚礁の海。
どこまでも白い砂。
どこまでも、青く澄んだ海と空。
雲がぽかっと浮いている。
ジジは呆けたようにその風景を見ていた。
「うみ」
ノゾミが声にし、ジジは気がついた。
「そう、海に来たんだ」
ジジはノゾミの手を引いた。
「とりあえず、住めるところがあるといいな」
「すめるところ」
「そう、家があるといいんだがな」
ジジはノゾミの手を引きながら、
海へと歩いていった。
珊瑚礁の海は、
ところどころに石を宿していた。
柱っぽいもの、
石像っぽいもの、
遺跡というやつかもしれない。
昔はそれなりの場所だったのだろうか。
たとえば、王国だか帝国だかがあったとか。
たとえば、昔々の大富豪が、別荘を建てていただとか。
ジジはそんなことを思った。
珊瑚はそれらの石にも、その身を広げている。
石…遺跡は長い年月の果てに、
珊瑚に飲み込まれるだろうと思った。
「ジジ」
ノゾミが声をかけた。
「いえ」
ノゾミが指をさす。
その先には、確かに家があった。
「どれ、行ってみようか」
「すめるところ?」
「まだわかんない」
ジジはノゾミを優しく諭すと、一緒にゆっくり歩いていった。
家は、それなりに潮風にも耐えられる、石造りの空き家だった。
ジジは空き家の強さをある程度確かめると、
ノゾミを招き入れた。
「昔、この珊瑚礁の海を調べていた人が作ったみたいだな」
ジジがあちこちを確かめる。
布団もあれば鍋もある。
机を確かめると、地図もある。
真水の調達地点、食べられる野草の調達地点も書いてある。
ジジは決心した。
「ノゾミ、ここで暮らそう…ノゾミ?」
ふと見ると、ついてきていたノゾミがいない。
ジジは小さな家の中を探すと、
ノゾミは、とある部屋で、何かをいじっていた。
「ノゾミ?」
ノゾミが振り返る。
そして、誇らしげに手にしていたものを見せた。
「おもしろいよ」
ノゾミが見つけたのは、おもちゃらしい。
きっと、ここにいた人が忘れていったのだろうと、ジジは思った。
ノゾミはおもちゃに夢中になった。
ジジは、それもよしと思った。
ジジとノゾミと忘れられた家と忘れられたおもちゃ。
彼らはひっそりと、珊瑚礁の海で暮らすこととなった。