これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
黒い扉の向こうの世界の物語。
水路の多い町では船は必需品だ。
そんな水路の多いこの町で、
町外れに船が流れ着いた。
白い船だ。
幼い恋人達は白い船を見に来た。
町の者もその船を見に来た。
損傷は少ない。
しかし、誰も乗っていない。
専門の者が調べにあたった。
結果、直した痕跡があり、
その上、航海日誌には「この船は何度でもよみがえる」と、あった。
「よみがえらせよう!」
誰ともなくそうなった。
「よみがえらせて、俺たちの町の一員にしようじゃないか」
船は何にも言わない。
意思もない。
それでも、幼い恋人達が見る限り、なんだかうれしそうではあった。
流れ着いた船は、造船所に運ばれる。
そして、毎日修理に当たられる。
白い船は見る見る新品同様の船になっていった。
やがて、白い船はちょっとした客船としてよみがえった。
水路の多い町でも活躍できそうだったが、
少し遠くを回ってみようということになった。
幼い恋人達は、それだけのチケットを買うことはできず、
出航式にやってくるのが精一杯だった。
いろんな人が白い船に乗っていく。
幼い恋人達はそれを見守った。
そんな二人の頭をなでていった人がいた。
黒いスーツに黒いサングラス。
背はあまり高くなく、髪は短い。
腰の辺りに黒いボウガンを下げている。
「君たちの代わりにいろいろ見てくるよ」
「お兄さん誰?」
「この町にちょっと里帰りで来ているんだ」
「ふぅん…」
「ああ、そろそろ出航だね」
黒ずくめの男はそういうと、白い船に乗っていった。
「あの人がいろいろ見てきてくれるって」
「お話楽しみだね」
幼い恋人達は、出て行く白い船にずっと手を振っていた。
黒ずくめの男が手を振りかえしていた。