これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
黒い扉の向こうの世界の物語。
ここは水路の多い町。
中には水路というより川としているところもあり、
それらがあちこち入り組んでいる。
水の上を行くボートもあれば、
水の下を行く地下道もある。
一般的な生活範囲は水の上だが、
水の下の地下街にも、
娯楽がないわけではない。
幼い恋人たちは、
家からちょっと離れた、地下街にやってきた。
そこには、巨大水槽の中で暮らしている、
動物たちを見ることができる、
いわゆる動物園があるのだ。
どこかの街では、動物園とはお日様の下らしい。
でも、この街でそんなことをしようものなら、
動物たちで、陸の部分がなくなってしまうかもしれない。
だから地下なんだな。
などと幼い男の子は思った。
巨大な水槽のようなガラスの向こう、
お日様の光に似せられた明かりの下、
象がいる。
「おっきいねー」
「うん」
説明書きを読むと、
明かりの調節を自動ですることにより、
昼や夜も地下動物園にあるらしい。
「次はライオンを見ようよ」
「ライオンは?」
「あっちだよ」
幼い恋人たちは手をとって走り出す。
置いていかれた象は、ゆったり水槽の中を歩いて、
もしゃもしゃと餌を食べていた。
ライオンは、象と同じような水槽の中で、お昼寝をしていた。
「絵本で見たライオンは、もっと怖そうだったわ」
「うん、強そうだったよね」
「強そうじゃないね」
「でも、起きたら怖いのかも」
「じゃあ、そーっと見てたら大丈夫かしら」
「そーっとだね」
ライオンは鼻をむずむずする。
夢でも見ているのかもしれない。
幼い恋人たちは、起きたら大変とばかり、そーっと離れていった。
「次は?」
「パンダ!」
水槽の動物園の中、
幼い恋人たちは疲れも知らずかけていった。