これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
鈍い色の扉の向こうの世界の物語。
大柄の男が運転する車に、
女が助手席に乗っている。
向かう先は、旧市街。
風景はだんだん、旧市街のうち捨てられたコンクリートの風景になっていく。
「ドライブ・ドライブ?」
大柄の男が聞き返す。
「通称『DD』最近出回っている、機械体および電脳に作用する…言ってみれば覚醒剤か何かみたいなものね」
女が答える。
以前喫茶店で篭城していた犯罪者を狙撃した女だ。
女の名前はソウ。
大柄の男の名前はトオル。
「で、この、DDが…」
「相当きついらしいわ。電脳ならウイルスと認識してもおかしくないくらい」
「なんでこんなもの」
「夢を見たいお年頃なんじゃないの?」
生真面目なトオルは顔をしかめる。
「DDだけ入るように、設定わざわざ変えるとか聞くわ」
「めんどうそうだなぁ…」
「まぁ、そのあたりも、売人がパッチ当てるから簡単なんだとか…いろいろ、噂だけならあるわ」
「で、それを取り締まれって?管轄違いじゃないんですか?」
「どうもね…」
と、ソウは溜息をつく。面倒そうに。
「DDの元締めらしいのが、DDの入っているジャンキーを…DDを介して操っているらしいのよね」
「ええと…DDで操って、犯罪を増やしているって?」
「まぁ、何かを隠す目くらましの可能性が高いけどね」
「で、旧市街に来たのは?」
「とりあえず売人に接触すること。…脳だけ残ればいいわ」
「やれやれ、人権が死語になるわけだ」
トオルは肩をちょっとすくめると、車の運転を続けた。
旧市街のビルの群れ。
コンクリートにひびの入ったジャングルの底を歩く。
夜ともなれば暗いかとトオルは思っていたが、
安っぽい電球がともされ、
異様な明るさを描いていた。
ソウは手首にノイズ除けと、本部から支給された、小型データベースを取り付けている。
小型データベースが売人の顔を覚えているらしい。
ソウがあちこちを眼球の動きだけで追っている。
ソウの視界では、電子処理がなされているだろう。
「いた」
ソウが小さくつぶやく。
と、視界の先にいた男が、突然逃げ出す。
「あいつよ!」
「向こうもデータ持ってたんだな!くそっ!」
ソウとトオルは旧市街を走った。