これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
黒い扉の向こうの世界の物語。
その街は水路が多くて、
あちこちに運河があった。
人は船やボートに乗って暮らしていた。
街に、年の頃10にも満たない、幼い男の子と女の子がいた。
二人は、二人で言うところの恋人同士で、
小さな頃からずっと一緒で、
大きくなってもずっと一緒の計画を立てている。
幼いながら、だけど。
親は子どもの戯言と受け止めている。
けれど、二人は真剣で、
大人になったら、きっと結婚する。
そう、宣言していた。
男の子が、運河を行くボートに乗れるようになったのは、つい最近のこと。
一人でボートを動かすことができるようになった。
ボートに、はじめて一緒に乗せたのは、恋人の女の子。
親でもなく、兄弟でもなく、
この女の子を、はじめてにしたいと思った。
ある夕方、男の子は女の子をボート乗りに誘った。
「どこか行きたいところありますか?」
男の子が大人っぽく聞けば、
女の子が、
「灯台が見えるところに行きたいわ」
と、やっぱり大人を真似て答える。
ボートは夕暮れの運河を行き、
街の中の公園近くでとまった。
「ここ?」
「うん、おいでよ。とっておきの指定席なんだ」
男の子が女の子の手をとって歩き出す。
公園にはジャングルジムがあり、
男の子はそれに登りだした。
女の子も追った。
二人がジャングルジムのてっぺんに座ると、
公園の、ずっとずっと向こうから、光の束が見えた。
くるくる回っている。
灯台の光だ。
「ここだけ、建物に邪魔されないで灯台の光が届くのが見えるんだ」
「とっておきだね」
「今度、もっと乗れるようになったら、港まで行こうね」
「うん」
幼い恋人たちは、約束をした。
夕闇がすぐそこまで迫っていても、
幼い恋人たちは二人よりそっていた。