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第141話 予感

ロゼワインのスプリッツァがグラスに揺らめいている。

妄想屋の夜羽は、

ゆらゆら浮かぶ気泡を、眺めているようだった。


帽子のふちに隠れて目は見えない。

それでも、何かを考えている風だった。


ここは斜陽街一番街のバー。

そこのボックス席に妄想屋の夜羽はいる。

普段は妄想屋の夜羽に、妄想を吐き出したりする客がいるところだ。

今日はたまたま、そういったお客はいないようだ。


気泡にしか感じられない、

かすかな揺れがあったらしい。

グラスについていた気泡が、

いっせいに上へ上がって消えた。


「嫌な予感がするな…」

夜羽がぼやくと、

カウンターの中のバーのマスターが顔を上げた。

「何か?」

と、マスターが問いかければ、

「漠然とした不安と、物騒な妄想を、ここに吐き出してくるお客が増えたんだ」

マスターはよくわかっていないながらも頷いた。


夜羽は妄想のカセットテープのラインナップを見る。

『不安』というだけのタイトルなら、10を越えた。

不安としか言いようのない妄想。

攻撃的な妄想。

妄想だけならいいのだが…


夜羽は気の抜けかけたスプリッツァを飲み干す。

程よく回る軽い酔いの中で、

数々のお客が吐き出していった妄想が回る。


(あいつらがおそってくるんだ)

(この場所を守らなくちゃ)

(わからない、わからないけど、不安なの…)

(攻撃される前に攻撃するんだ!)

(逃げろ逃げろ逃げろ)

(曖昧、それこそが悪ではないか)


夜羽はふっと酔いから覚醒する。

最後のは聞いた覚えがない。

「どこかから聞こえてきたのかな…」

何がですか、と、マスターが一応たずねる。

何でもないと夜羽は一応返す。


曖昧が悪なら、曖昧なこの街はどうなるのだろう。

斜陽街は…


夜羽は斜陽街が好きだ。

嫌な予感を抱きつつも、

斜陽街を守りたいと思った。

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