緑の葉の描かれた扉の向こう。
少年は言われたように鳥篭を使った。
気が付けは家の前に狐と一緒にいた。
少年は思い出す。
曖昧な記憶を。
灰色とも藤色ともつかない、コートをまとい、
同じ色の帽子を、目を隠すほど深くかぶっていた、
妄想屋の夜羽。
彼が話してくれた街。
斜陽街。
そこには、血の通った住人もいる。
決して夢ではないと彼は言っていた。
けれど、記憶は曖昧で、
本当に妄想屋という存在もいたのかどうかも曖昧だ。
「曖昧なのが斜陽街なんだよ」
どこかからか、妄想屋の声がした気がした。
そして、少年の脳裏を、
話で聞いただけなのに、
やけにイメージが鮮明な、
斜陽街の住人たちが通り過ぎていく。
店を構えているもの、
構えていないもの。
商売と思えるもの。
趣味としか思えないもの。
男。
女。
老いたもの。
若いもの。
そして、どれとも区別ができないもの。
少年は細かい職業までは覚えていない。
けれど、妄想屋の話には、たくさんの職業があった気がする。
気がするだけだ。
もう、よく思い出せない。
狐と走った道すら思い出せない。
ただ、この手に残っている、
ただの鳥篭が、
ただの夢ではなかったと教えてくれる。
「斜陽街は夢じゃないよ」
やっぱり、おぼろげに妄想屋の声がするような気がする。
少年は忘れないだろうと思った。
表面上は忘れても、
心のどこかで、
ずっと覚えているような気がした。
家から、晩御飯ができたことを知らせる、母の声がする。
狐が少年を見上げる。
少年は頷き、
家に帰っていった。
狐もあとからついていった。
玄関のドアが開き、少年と狐を吸い込み、
ドアが閉ざされた。
忘れないで。
斜陽街を覗き込んだ、そのことを。
そして、また、気が向いたら斜陽街に来てください。
斜陽街は、いつでも、曖昧なそこにあります。