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第140話 曖昧

緑の葉の描かれた扉の向こう。

少年は言われたように鳥篭を使った。

気が付けは家の前に狐と一緒にいた。


少年は思い出す。

曖昧な記憶を。


灰色とも藤色ともつかない、コートをまとい、

同じ色の帽子を、目を隠すほど深くかぶっていた、

妄想屋の夜羽。

彼が話してくれた街。


斜陽街。


そこには、血の通った住人もいる。

決して夢ではないと彼は言っていた。

けれど、記憶は曖昧で、

本当に妄想屋という存在もいたのかどうかも曖昧だ。


「曖昧なのが斜陽街なんだよ」

どこかからか、妄想屋の声がした気がした。

そして、少年の脳裏を、

話で聞いただけなのに、

やけにイメージが鮮明な、

斜陽街の住人たちが通り過ぎていく。


店を構えているもの、

構えていないもの。

商売と思えるもの。

趣味としか思えないもの。

男。

女。

老いたもの。

若いもの。

そして、どれとも区別ができないもの。


少年は細かい職業までは覚えていない。

けれど、妄想屋の話には、たくさんの職業があった気がする。

気がするだけだ。

もう、よく思い出せない。

狐と走った道すら思い出せない。

ただ、この手に残っている、

ただの鳥篭が、

ただの夢ではなかったと教えてくれる。


「斜陽街は夢じゃないよ」

やっぱり、おぼろげに妄想屋の声がするような気がする。

少年は忘れないだろうと思った。

表面上は忘れても、

心のどこかで、

ずっと覚えているような気がした。


家から、晩御飯ができたことを知らせる、母の声がする。

狐が少年を見上げる。

少年は頷き、

家に帰っていった。

狐もあとからついていった。

玄関のドアが開き、少年と狐を吸い込み、

ドアが閉ざされた。


忘れないで。

斜陽街を覗き込んだ、そのことを。

そして、また、気が向いたら斜陽街に来てください。


斜陽街は、いつでも、曖昧なそこにあります。

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