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第139話 血

少年が、扉屋の緑の葉の描かれた扉から、中を覗き込んでいる。

夜羽と名乗る妄想屋が席を立ってから、

どのくらい、そうしていたか、少年はわからなかったが、

しばらくしたら夜羽が、

小さな鳥篭を手にして戻ってきた。


「はい、これはお土産に」

少年は鳥篭を受け取る。

「この鳥篭は一回使うと家に戻れる。だけど、一回しか使えないからね」

少年は使うということが、よくわからなかったが、

「使ったと思えば使ったことになるんだよ」

と、夜羽に言われた。


やがて、扉屋の奥から、

酒屋が狐を抱きかかえて戻ってくる。

夜羽が酒屋の匂いに気がつく。

「一仕事してきた?酒の匂いがするよ」

酒屋は言われて気がついたようだ。

「ああ…この狐が逃げ込んだ先でな。ちょっとな」

酒屋はからからと笑った。


「その狐、抱いてみてもいい?」

「また逃げ出さんようにな」

酒屋が夜羽に狐を渡すと、

なぜか、狐は機嫌を悪くし、

夜羽の指に噛み付いた。

そして、するりと腕から逃げ、

扉の向こうの少年の足元に隠れた。


夜羽の指から血が滲み出す。


「ねぇ…わかるかな?」

夜羽は少年に問いかける。

「扉のこちら側の住人も、血が流れているんだ。そして、傷はやっぱり痛むんだ」

夜羽はわずかばかり滲んだ血を舐めとる。

「扉の向こうは夢じゃないよ。僕が話した斜陽街という街も、ちゃんと存在する街なんだ」

夜羽は少年を促す。

「さぁ、鳥篭を使って家に帰るといいよ」


そして、緑の葉の描かれた扉は閉ざされた。


閉ざされた扉を夜羽と酒屋は見ていたが、

やがて、

「やっぱり痛い…」

と、夜羽がぼやいた。

酒屋がディバッグから、消毒用アルコールを取り出す。

「ほれ」

「ありがと」

夜羽はアルコールを傷口にあて、

「しみる…」

と、泣き言を言った。


しばらくして、痛みも引いてきたのか、

夜羽と酒屋は扉屋の一角で、座って話をしていた。

「ねぇ、斜陽街を去っていった人のうち、何人が斜陽街を覚えているだろうね…」

酒屋はよくわからないらしい。

「鳥篭を使って帰っていった少年も、大人になったらきっと忘れているよ」

「かもなぁ…」

「でも、どこかでは、覚えていてもらいたいと思うんだ…」

「わがままやな」

「そう、わがままで結構」

と、夜羽は笑った。

酒屋の主人も笑った。


やがて妄想屋と酒屋の主人は、

扉屋をあとにし、

いつもの店に戻ることにした。

酒屋の主人は酒屋へ。

夜羽は一番街のバーへ。

彼らは帰っていき、

扉屋にはいつものように、扉屋の主人が残った。


これも斜陽街の日常。

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