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第137話 朝

彼女は目覚めた。

見えたものは、いつもの寝室のいつもの天井だ。

ずいぶん長いこと眠っていた気がする。

いろんな夢を見ていた気がする。

彼女が起き上がろうとすると、

部屋に人が入ってきた。


冴えない男。

決して色男ではない。

背も高くない。

でも、底抜けに優しい男。

そして、彼女と結婚が約束されている男。


「具合はどう?」

「具合?」

心配そうに男がたずねてくるので、

彼女は聞き返した。

「…うん、何だか何しても起きなかったから、ずいぶん疲れていたのかなと思って」

何をしても起きなかった。

それは、自分の中に、とらわれていたからだ…と、彼女は思った。


不安だったのだろうと彼女は思った。

この男と結婚してもいいのかと、

不安で、

自分の中に閉じこもってしまったのだろうと。


男は、彼女の具合が悪くないことを確認すると、

カーテンを開けに窓のほうに向かった。


彼女が、ふと、ベッドサイドを見れば、

不思議な色合いの液体が、

小瓶に入って置いてある。

彼女はその小瓶を手に取り、

中の液体を戸惑うことなく飲み干した。


何人もの理想的な男。

何人もの理想的な自分。

全部自分が作り上げてきた夢幻。

でも、自分の中には確実にいた存在。


飲み干してわかる。

自分は自分でしかないんだと。

そして、自分の心が元の形に戻れるのは、

目の前にいる、この男の前でだけなのだと。


朝の光が部屋に差し込んでくる。

男がカーテンを開けたのだ。

そして、男がベッドサイドにやってくる。

男はベッドサイドに腰をかけ、

彼女は男にもたれかかる。


自分の中で誰とも付き合えなかったのは、

この男がいたからだったと彼女は思った。


いつのまにか、小瓶は静かに消え、

彼女の記憶の中にだけあった、

赤く細かい細工の彫られた扉も、彼女の中から消えた。


「よかった」

「ん?」

「あなたがいてよかった」

「ん…」


そして、彼女は結婚を約束した男と、

静かに幸せを感じていた。

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