彼女は目覚めた。
見えたものは、いつもの寝室のいつもの天井だ。
ずいぶん長いこと眠っていた気がする。
いろんな夢を見ていた気がする。
彼女が起き上がろうとすると、
部屋に人が入ってきた。
冴えない男。
決して色男ではない。
背も高くない。
でも、底抜けに優しい男。
そして、彼女と結婚が約束されている男。
「具合はどう?」
「具合?」
心配そうに男がたずねてくるので、
彼女は聞き返した。
「…うん、何だか何しても起きなかったから、ずいぶん疲れていたのかなと思って」
何をしても起きなかった。
それは、自分の中に、とらわれていたからだ…と、彼女は思った。
不安だったのだろうと彼女は思った。
この男と結婚してもいいのかと、
不安で、
自分の中に閉じこもってしまったのだろうと。
男は、彼女の具合が悪くないことを確認すると、
カーテンを開けに窓のほうに向かった。
彼女が、ふと、ベッドサイドを見れば、
不思議な色合いの液体が、
小瓶に入って置いてある。
彼女はその小瓶を手に取り、
中の液体を戸惑うことなく飲み干した。
何人もの理想的な男。
何人もの理想的な自分。
全部自分が作り上げてきた夢幻。
でも、自分の中には確実にいた存在。
飲み干してわかる。
自分は自分でしかないんだと。
そして、自分の心が元の形に戻れるのは、
目の前にいる、この男の前でだけなのだと。
朝の光が部屋に差し込んでくる。
男がカーテンを開けたのだ。
そして、男がベッドサイドにやってくる。
男はベッドサイドに腰をかけ、
彼女は男にもたれかかる。
自分の中で誰とも付き合えなかったのは、
この男がいたからだったと彼女は思った。
いつのまにか、小瓶は静かに消え、
彼女の記憶の中にだけあった、
赤く細かい細工の彫られた扉も、彼女の中から消えた。
「よかった」
「ん?」
「あなたがいてよかった」
「ん…」
そして、彼女は結婚を約束した男と、
静かに幸せを感じていた。