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第129話 凝縮

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

赤く細かい細工の彫られた扉の向こうの世界の物語。


黒い釣鐘マントの男は、

「あんたの空間」

確かにそう言った。

彼女はおぼろげに真実がわかりかけていた。


「こんなに思いの凝り固まった空間は珍しいなぁ…」

釣鐘マントの男は、

狐を片手で抱き上げながら、そう言うと、

「ここに集まった思い、酒に変えたろか?」

と、言う。

彼女はよく意味がわからなかったが、

男の言うことには、

「わいは、酒屋。思いから酒をつくっとるんや」

と、自己紹介した。


「こんなに思いがたくさんだと…混乱もするし、何より苦しかったやろ」

彼女は無意識に、

「ええ…」

と、呟いていた。

酒屋はディバッグから空の小さめの瓶を取り出す。

「待ってな。今、酒に変えたる」


酒屋の男が、

瓶を空間に差し出す。

片腕の中で、狐がそれを見ている。

彼女もそれを見守っている。


思いが瓶の中にくゆり、凝縮され、

酒に変わっていく。

「…ひとり」

酒屋が呟く。

小さな酒瓶に、少量の酒ができる。

「…またひとり…」

また、酒の量が増える。

彼女はその言葉の意味するところがわかって、頷く。

「何人もいたんやな…この空間には…」

「ええ…何人も…」


空間の思いが薄れていく。

そして、彼女が見ていた理想の恋人も、

瓶の中で酒に変わった。


「あんたで最後や」

「…はい」

「次に目が覚めたときは、この酒を飲むとええやろ。それで思いは昇華されるはずや…」


そして彼女自身も酒に溶けていき…

空間は空間のあるべき場所に戻った。


そして、酒屋は熟成させた酒を置くと、

赤く細かい細工の彫られた扉から出て行った。

そして、彼女の空間から、扉も消えた。

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