これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
赤く細かい細工の彫られた扉の向こうの世界の物語。
黒い釣鐘マントの男は、
「あんたの空間」
確かにそう言った。
彼女はおぼろげに真実がわかりかけていた。
「こんなに思いの凝り固まった空間は珍しいなぁ…」
釣鐘マントの男は、
狐を片手で抱き上げながら、そう言うと、
「ここに集まった思い、酒に変えたろか?」
と、言う。
彼女はよく意味がわからなかったが、
男の言うことには、
「わいは、酒屋。思いから酒をつくっとるんや」
と、自己紹介した。
「こんなに思いがたくさんだと…混乱もするし、何より苦しかったやろ」
彼女は無意識に、
「ええ…」
と、呟いていた。
酒屋はディバッグから空の小さめの瓶を取り出す。
「待ってな。今、酒に変えたる」
酒屋の男が、
瓶を空間に差し出す。
片腕の中で、狐がそれを見ている。
彼女もそれを見守っている。
思いが瓶の中にくゆり、凝縮され、
酒に変わっていく。
「…ひとり」
酒屋が呟く。
小さな酒瓶に、少量の酒ができる。
「…またひとり…」
また、酒の量が増える。
彼女はその言葉の意味するところがわかって、頷く。
「何人もいたんやな…この空間には…」
「ええ…何人も…」
空間の思いが薄れていく。
そして、彼女が見ていた理想の恋人も、
瓶の中で酒に変わった。
「あんたで最後や」
「…はい」
「次に目が覚めたときは、この酒を飲むとええやろ。それで思いは昇華されるはずや…」
そして彼女自身も酒に溶けていき…
空間は空間のあるべき場所に戻った。
そして、酒屋は熟成させた酒を置くと、
赤く細かい細工の彫られた扉から出て行った。
そして、彼女の空間から、扉も消えた。