目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第115話 音波

一番街の音屋の主人は、

今日も音の波に揺られている。

音屋は音以外のものを受け付けない。

音以外のものが入ったものは音屋に戻ってこない。

それでも、音の波に紛れて何かが入り込んで来ることはあるらしい。


音屋の主人はうとうととする。

様々のイメージが交錯する夢を見る。

昇る太陽と少女、

山に分け入る少年、

空飛ぶ魚、

空っぽの存在、

そして真っ赤な…赤い赤いイメージ。


音屋の主人が、

何かに落っこちたように目を覚ます。

階段を踏み外したような感覚。

いろんなものが交錯した気がする。

音屋の主人は、

太陽が昇ったり沈んだりする音を感じた。

その音に紛れて、イメージが紛れ込んだのであろうと思った。


何かが紛れ込むと音だけではなくなる。

音屋にしてみれば、いらないものなのだが、

誰かが拾うこともあると思い、

音屋は音の波の店内から、

紛れ込んだイメージを追い出した。


誰かが拾うこともあるだろう。

それとも、誰かのイメージが、紛れ込んだのかもしれない。

やれやれ、と、いうように音屋は首を竦め、

また、音の波に揺られた。


音屋の主人にしてみれば、

それはまるでゆりかご…

いや、それより前の、胎内の記憶のような…

そんな揺らぎを音波として感じているようだ。


生まれる前の記憶…

そんなものは持っていない。

けれど、音屋の主人には、

あるいは、音の波がその記憶に近いかもしれないと感じていた。

ぼんやりと外と隔絶された、

血液の流れる音と、確かに聞こえる鼓動…

おや、と、音屋の主人は思い当たる。

音だけではないなと、ようやく感じる。

そして、胎内のイメージを、やっぱり音屋の主人は追いだし、

また、音だけの空間に揺られた。


音屋は音が似合っている。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?