酒屋は扉屋で休憩をしていた。
仕事はいろいろあるのだろうが、
斜陽街はゴミゴミした路地が多く、
歩き回るだけには疲れる。
とにかく、酒屋は弟子に店番をまかせて、
一人ぼんやりと扉屋で休憩をしていた。
扉屋は扉を作ることに専念している。
酒屋は扉ではなく、一応壁にもたれかかり、
扉屋が扉を作るのを見ていた。
やがて、酒屋が手酌で酒を飲んでいると、
「やぁ」
と、扉屋の普通の出入り口から見慣れた顔が入ってきた。
「夜羽…」
「邪魔するよ。酒屋さんはサボり中?」
「休憩中や」
「一人で手酌も寂しいでしょう」
「まぁな、どや、一杯」
「強いのは勘弁」
「安心しぃや、弱いのもある」
そして、扉屋の主人をほったらかして、
ささやかな酒盛りが行われた。
「ここはいろんなところに通じていますから…見ているとなんだか、わくわくするんですよね」
「危険なのもあるんやけどな」
「それが扉屋の醍醐味ですよ」
「そんなもんかなぁ…」
酒屋がふと、何か物音に気がついた。
物音の方向を見れば、
両の手のひらでおさまるような、
小さな狐がうろうろしている。
「なんやあれ?」
「どうしました?」
「いや、狐がおるん」
「へぇ…どこかから紛れ込みましたかね」
「待ってろ、今捕まえたる」
酒屋が扉屋の店内で狐を追いかけ回す。
夜羽はそれを面白そうに見ていた。
もっとも、帽子のふちで目は見えない。
そして、緑の葉の描かれた扉から、少年が覗き込んでいる。
「あの狐の飼い主?」
夜羽がたずねると、少年は頷いた。
「待ってて、今あの人が捕まえてくれるらしいから…あ…」
酒屋は狐追いかけに夢中になって、
赤く細かい細工の彫られた扉に入っていってしまった。
「あーあ…」
と、夜羽は言うが、少年に向き直り、
「まぁいいや、しばらくこっちで話していれば帰ってくるよ」
と、少年と話をはじめた。
酒屋の休憩は、どこかへ行ってしまった。