これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
赤く細かい細工の彫られた扉の向こうの世界の物語。
彼女は理想の恋人を見つけた。
恋人は彼女に優しく、
何事にも秀でていて、
力強く、
容姿端麗で、
おおよそ非という非とはかけ離れているようだった。
それでも、彼女にだけ見せる表情というものがあり、
これがまた理想的だった。
仕草が少し幼かったり、
意外と独占欲があったり、
彼女にだけ見せる笑顔があったり、
彼女はそれらがとても好きだった。
彼女は理想的な恋人と、理想的な付き合いを望んだ。
…が、彼女はそれが何なのかわからなかった。
こんなに理想的な恋人がいるのに?
彼女は理想的な付き合い方がわからなかった。
自分と一緒にいれば、おのずとわかってくる、と、
理想的な恋人は言った。
それに彼女は反論してしまう。
「…こっちには…」
言いかけ、彼女は口をつぐんだ。
こっちには?
自分は何を言おうとしただろう。
彼女はそのまま黙ってしまった。
こっちには何があるというのか。
自分は何があって、理想的な恋人と付き合えないのか。
理想的な恋人は様々の側面を見せて、
彼女と付き合おうと持ち掛けてくる。
どれもこれも理想的な側面だった。
しかし彼女は思ってしまう。
「…こっちには…」と。
何かがあって、彼とは一緒にいられないのだ。
彼女は混乱していた。
自分が何者かなのかわからないほど混乱していた。
理想的な恋人は誰?
自分は誰?
何があって自分は断ってしまうの?
彼女は理想的な恋人を前にして、
ただただ混乱していた。