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第109話 理想

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

赤く細かい細工の彫られた扉の向こうの世界の物語。


彼女は理想の恋人を見つけた。


恋人は彼女に優しく、

何事にも秀でていて、

力強く、

容姿端麗で、

おおよそ非という非とはかけ離れているようだった。


それでも、彼女にだけ見せる表情というものがあり、

これがまた理想的だった。

仕草が少し幼かったり、

意外と独占欲があったり、

彼女にだけ見せる笑顔があったり、

彼女はそれらがとても好きだった。


彼女は理想的な恋人と、理想的な付き合いを望んだ。

…が、彼女はそれが何なのかわからなかった。

こんなに理想的な恋人がいるのに?

彼女は理想的な付き合い方がわからなかった。


自分と一緒にいれば、おのずとわかってくる、と、

理想的な恋人は言った。

それに彼女は反論してしまう。


「…こっちには…」

言いかけ、彼女は口をつぐんだ。


こっちには?

自分は何を言おうとしただろう。


彼女はそのまま黙ってしまった。


こっちには何があるというのか。

自分は何があって、理想的な恋人と付き合えないのか。

理想的な恋人は様々の側面を見せて、

彼女と付き合おうと持ち掛けてくる。

どれもこれも理想的な側面だった。


しかし彼女は思ってしまう。

「…こっちには…」と。

何かがあって、彼とは一緒にいられないのだ。


彼女は混乱していた。

自分が何者かなのかわからないほど混乱していた。

理想的な恋人は誰?

自分は誰?

何があって自分は断ってしまうの?


彼女は理想的な恋人を前にして、

ただただ混乱していた。

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