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第99話 天才

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

赤く細かい細工の彫られた扉の向こうの世界の物語。


宮本あおい、という、女子中学生がいた。

少し引っ込み思案の、

控えめな少女だ。


あおいは、埋もれてしまう、その他大勢でありたかった。

目立つことは避けたかった。


あおいは声楽部に所属していた。

主旋律や、ソロは歌いたがらなかった。

いつも、埋もれるパートを歌いたがった。


ある日、声楽部の顧問の教師が、

助っ人として男子生徒を何人か呼んできた。

「これでコーラスの幅が広がると思うから」

顧問はそう言っていた。


コーラスの幅、最初の目的はそれだった。

しかし、助っ人の男子生徒のうちの一人が、

声楽に関して天才的な才能を秘めていた。

音感も、音域も。

やがて彼は助っ人から、声楽部の男子パートのリーダーになっていった。


あおいはそんな彼を、眩しく見ながら、

埋もれるパートを選んでいった。


そんな日が続き、ある日、

「宮本さん」

と、声楽の天才の彼が声をかけてきた。

「宮本さんの声ってきれいですよね。どうしてソロを歌わないんですか?」

「声がきれい?」

「他のコーラスに混じっていても、宮本さんの声だけはわかりますよ」

「私は君とは違うの。天才じゃないから…目立ちたくないの…」

あおいはそういって離れようとする。

彼があおいの手をつかむ。

「俺は宮本さんの声がもっと聞きたくて、声楽部に来たんです。天才と呼ばれる声より、もっときれいな声を」

「私は…」

「宮本さんが好きです。最初は声でしたけど、今は、全部好きです」

彼が真摯な眼で見つめてくる。


「何も知らないくせに、そんな事言わないで…こっちには…」

言いかけ、あおいは口をつぐんだ。


こっちには?

自分は何を言おうとしただろう。


あおいはそのまま黙ってしまった。

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