「あのー…ここは、『合成屋』なんですけどぉ…」
控えめに、合成屋は言う。
「いえ…わかっているんですけど…もしかしたら、と、思いまして」
話し相手は、二番街の猫屋敷の女主人だ。
小さなオルゴールを持ってきている。
「ですからぁ、分離なんてできないと思うんですけどぉ…」
合成屋は例によって例の如く、
のっぺらぼうの仮面をかぶっていて、
表情はわからない。
けれど、仕草などからは、申し訳ないのと、できないだろうということが十分伝わってくる。
「けれど…分離してみてもらいたいんです…この『満ちたオルゴール』を…」
「確かにそれは、ここで合成したものですけどぉ…」
合成屋はごにょごにょと言う。
「試してみるだけでいいんです」
猫屋敷の女主人に根負けして、合成屋はしぶしぶ頷いた。
「どうなっても知らないですよぉ…」
合成屋は中にある、賢者の井戸にやってくる。
猫屋敷の女主人を、ちょっと離れたところに立たせると、
『満ちたオルゴール』を受け取り、
「では、はじめます」
と、合成屋は宣言した。
『満ちたオルゴール』を賢者の井戸に投げ入れる。
合成屋がにゃもにゃもと呪文を唱える。
小声なのでわかりにくいが、
いつもの呪文を逆に唱えているらしい。
そして、賢者の井戸の水面に、合成屋にしかわからない変化がおとずれると、
合成屋は、仕上げに賢者の井戸を蹴る。
賢者の井戸から小さな物が飛び出てきた。
それは飛び出て猫屋敷の女主人のところへ向かっている。
「あぶないっ!」
と、合成屋は叫んだが、
行動が間に合わず、おまけに転んだ。
しかし、飛び出た小さな物は、
猫屋敷の女主人にはぶつからず、
逆に、猫屋敷の女主人は、反射的に受けとめてしまった。
それは、何の変わりもない『満ちたオルゴール』
蓋を開けて鳴らしてみても、
満ち足りた音が、以前のように流れる。
「やっぱり、無理だったみたいですねぇ…」
転んだ合成屋が立ち上がり、ぽふぽふとローブを叩く。
「そう…みたいね」
猫屋敷の女主人は、今度こそ納得したようだ。
「あの人は満ち足りているのね…それを感じる」
「その『満ちたオルゴール』は、どうやら分離されるより、あなたといる方がいいようですねぇ…」
「そうみたい…真っ直ぐにこっちに飛んできた」
「大事にしてあげてくださいねぇ。物は基本的に寂しがりですからねぇ」
猫屋敷の女主人は、
一礼して合成屋をあとにした。