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第95話 分離

「あのー…ここは、『合成屋』なんですけどぉ…」

控えめに、合成屋は言う。

「いえ…わかっているんですけど…もしかしたら、と、思いまして」

話し相手は、二番街の猫屋敷の女主人だ。

小さなオルゴールを持ってきている。


「ですからぁ、分離なんてできないと思うんですけどぉ…」

合成屋は例によって例の如く、

のっぺらぼうの仮面をかぶっていて、

表情はわからない。

けれど、仕草などからは、申し訳ないのと、できないだろうということが十分伝わってくる。

「けれど…分離してみてもらいたいんです…この『満ちたオルゴール』を…」

「確かにそれは、ここで合成したものですけどぉ…」

合成屋はごにょごにょと言う。

「試してみるだけでいいんです」

猫屋敷の女主人に根負けして、合成屋はしぶしぶ頷いた。

「どうなっても知らないですよぉ…」


合成屋は中にある、賢者の井戸にやってくる。

猫屋敷の女主人を、ちょっと離れたところに立たせると、

『満ちたオルゴール』を受け取り、

「では、はじめます」

と、合成屋は宣言した。


『満ちたオルゴール』を賢者の井戸に投げ入れる。

合成屋がにゃもにゃもと呪文を唱える。

小声なのでわかりにくいが、

いつもの呪文を逆に唱えているらしい。

そして、賢者の井戸の水面に、合成屋にしかわからない変化がおとずれると、

合成屋は、仕上げに賢者の井戸を蹴る。


賢者の井戸から小さな物が飛び出てきた。

それは飛び出て猫屋敷の女主人のところへ向かっている。

「あぶないっ!」

と、合成屋は叫んだが、

行動が間に合わず、おまけに転んだ。


しかし、飛び出た小さな物は、

猫屋敷の女主人にはぶつからず、

逆に、猫屋敷の女主人は、反射的に受けとめてしまった。


それは、何の変わりもない『満ちたオルゴール』

蓋を開けて鳴らしてみても、

満ち足りた音が、以前のように流れる。


「やっぱり、無理だったみたいですねぇ…」

転んだ合成屋が立ち上がり、ぽふぽふとローブを叩く。

「そう…みたいね」

猫屋敷の女主人は、今度こそ納得したようだ。

「あの人は満ち足りているのね…それを感じる」

「その『満ちたオルゴール』は、どうやら分離されるより、あなたといる方がいいようですねぇ…」

「そうみたい…真っ直ぐにこっちに飛んできた」

「大事にしてあげてくださいねぇ。物は基本的に寂しがりですからねぇ」


猫屋敷の女主人は、

一礼して合成屋をあとにした。

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