不意に彼はあらわれた。
扉屋から来た訳でもないらしい。
彼は、そこにいた。
彼は空っぽな異邦人。
何も持たない異邦人。
異邦人は歩いた。
歩いて、目線あたりに何か揺らめいているのを感じた。
手を伸ばす。
「ひゃっ!」
そこから声がした。
「おどかすな!」
異邦人はそこに、色を持たない魚を見た。
「妄想屋の奴が、変わった風が吹いたとか言ってたら…お前のことか?」
異邦人は何の事かさっぱりわからない。
「お前…生体系でも電脳系でもないな。何なんだお前?そこにいることははっきりしてんのに」
さらに何の事だかわからない。
「番外地のスカ爺の言うところの、ゴーストってやつか」
色のない魚は勝手に納得した。
「なぁ、お前も色がないんだな」
異邦人は何も持っていない。
色も、声も、何も。
「色を持たない俺、何も持たないお前。なぁ、ちょっと一緒にこの街歩かないか?」
異邦人は、断る理由も見付からないので、頷いた。
異邦人は何もわからない。
しかし、混乱するほど知恵らしいものもない。
まだ、空っぽだ。
この街の空気が、斜陽街の空気が、
自分にとってなんなのかもわかっていない。
ただ、色を持たない魚の言う言葉はわかる。
意味は時々わからないけれど。
取り合えず、しばらく一緒らしい。
そこまでは異邦人にもわかった。
「お前、記憶喪失なのか?」
異邦人は、その言葉の意味はわからない。
「いや、何だか違うな…元々空っぽな感じだ」
色を持たない魚は、勝手に撤回した。
「とにかく、俺は俺の気に入った色を探しに行く。お前も一緒に何か探してみろよ」
そこで色のない魚は、ふと思い当たった。
「一緒にいるのに、名前ないと不便だな。俺も名前ないし…そうだな…」
色のない魚は考える。
「俺は色を探すから、色で『シキ』だ。お前は空っぽだから、空で『クウ』だ」
魚のシキと異邦人のクウは、斜陽街を当てもなくゆっくりと歩きはじめた。