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第92話 吸着

「やっぱりだめね…」

と、表情薄く、鎖師は言った。


黒い風が去った後、

廃ビルに鎖が残されていると聞き、

一応回収したのだが…

羅刹が壊したのはいいとして、

それはいいのだ。

直せばいいのだ。

しかし、

妙な色が吸着してしまって取れない。

おかげで、直したところが浮いてしまい、

売り物にも使い物にならない。


色々試してみた。

さっきも試していた最中だった。

しかし、羅刹に聞いたところ、この鎖は、

「毒蜜に浸けられていて、神屋の男神様を雁字搦めにしていた」

と言う。

その時に、何かが吸着してしまったのだろう。

毒蜜で腐食した…のは、鎖師が直した。

だから、これは腐食ではない。

汚れともまた違うような気がするが、

やっぱり、洗っても落ちない。


「思いでも染み付いたかしら…」

そういうのならば、酒屋が思いを取ってくれるだろう。

しかし、酒屋は場所に染み付いた思いを酒にするという。

物の思いはちょっと違うだろう。

そもそも、思いかどうかもあやしい。


作った時とは違う、

鎖師の彼女には明らかに違って見える、

鎖のそれとは明らかに違う銀色が染み付いてしまっている。


「これだけ作りこんだのを、捨てちゃうのももったいないわね…」

どうしようかしら、と、鎖師は悩む。

悩んでいるらしいが、

表情にはあまり出てこない。

短い髪の頭がちょっと傾げられるくらいだ。


「色だけ持っていってくれるといいんだけど」

色だけ。吸着した色だけ。

「そんな事、ある訳ないわね」

鎖師は自嘲すると、

「さて、どうしようかしら…」

と、目の前の色を吸着した鎖を眺めた。


傍目にはきれいな銀色なのだが、

鎖師はどうも許せないらしかった。

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