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第91話 一滴

「相変わらず、ホラーしか置いとらんな…」

いんちきな大阪弁を喋るのは酒屋だ。

「はぁ…」

と、気弱に返すのは、

二番街のレンタルビデオ屋だ。


「で、わいをここに呼んだのは何や?」

「斜陽街の名物を見てみたいと思いまして…」

「名物?」

酒屋が怪訝な顔をする。

「思いから酒を作るってやつ。このレンタルビデオ屋の酒を飲みたいな…と、思いまして」

「いつのまに、わいは名物になったんや」

「斜陽街来たら、結構早くに耳にしましたよ。斜陽街名物、思いから作られた酒って…」

「わかったわかった…」

と、酒屋はちょっと呆れながら話を中断させる。

「じゃ、ここの酒作ればええんやな」

「はい、お願いします」


酒屋がぐるりとレンタルビデオ屋の中を見回す。

そして、

「ここがええかな…」

と、ディバッグから小さな…酒屋のこぶしを一回り小さくした程度の…瓶を取り出す。

「ここはまだ出来たばかりやからな。あんまり量はできへん。そこんとこ了解しぃや」

レンタルビデオ屋は頷いた。


酒屋が小瓶を手に持ち、肩からまっすぐ前に腕を伸ばし、そこでぴたりと止める。

酒屋は目を閉じて待つ。

レンタルビデオ屋は、空気が微かに揺らめいたのを感じた。

揺らめきが、酒屋に向かっているような感じを。


ピチョーン


やがて、長いような短いような時間が過ぎ、

酒屋がふうと溜息をつく。

「やっぱり、この瓶でも大きすぎたみたいやな…一滴しかできへんかった」

酒屋がレンタルビデオ屋の前に、

出来たという酒を見せる。

小さな瓶の底、

大きな雫が一滴落ちたような、わずかな酒ができていた。

「飲めますか?」

「酒飲める年やったらな」

「じゃ、飲みます」


レンタルビデオ屋が酒を一滴流し込む。

飲み込むと同時に、

恐怖という恐怖が激流のように流れていき…

叫び声をあげそうになったところで、

あっけなく激流は過ぎ去っていってしまった。


「どないやった?」

引きつっているレンタルビデオ屋に、

ニヤニヤしながら酒屋はたずねる。

「もう、ここの酒は作ってもらわない気がします…」

「まぁ、名物味わったし、それならそれでええわ」

酒屋は、「そいじゃな」と、レンタルビデオ屋を出ていった。


レンタルビデオ屋は、大きく溜息をついた。

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