これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
赤く細かい細工の彫られた扉の向こうの世界の物語。
清水あかね、という女がいた。
年の頃20代前半。
彼女は料理を習いに、小さな料理学校に来ていた。
彼女は料理に関しては初心者だった。
それでも、何かと負けず嫌いな彼女は、
一生懸命に料理を習った。
そう、彼女は負けたくないのだ。
同じ料理学校にいる、あの男に。
おばさん連中がたくさんいる中、
男である、あいつは異質だったが、
何より、あいつは器用だった。
あかねは負けたくなかった。
だからいつも必死だった。
男は見た目は同年代頃だろう。
少しあかねより背が高く、
顔は…それなりか。
ある日、料理学校でお菓子を作っていた時のこと。
あかねが、あとは焼くだけになるまで整えてから、
一息ついた時。
「あかねさん」
と、男の声がした。
振り返ればあいつがいて。
「俺の、もう焼けたんで食べてみてくれませんか?」
彼の手には焼きたてのお菓子がある。
多分、あかねのものよりも、おいしいのだろう。
あかねは意地を張って、
「まだ手が汚れてるから食べられないよ」
等と言う。
「じゃあ、口開けて下さい。あーんって」
「誰が!もういい、自分で食べるから!」
もぎ取って食べたお菓子は、確かにおいしかった。
負けず嫌いな以上に、嘘の嫌いなあかねは、
「…おいしかった」
と、ポツリと言った。
「あかねさんに一番に食べてもらいたかったんです」
男は言う。
「どうして」
何の気なしに、あかねが問えば、
「あかねさんのこと好きですから。自信作を真っ先に食べてもらいたかったんです」
「…何…」
「え、だから自信作だから…」
「その前!」
「ああ…」
男は納得したらしい。
「あかねさんが好きですから」
手先の器用な男は、笑いながら言った。
「そんな事勝手に言わないで、こっちには…」
言いかけ、あかねは口をつぐんだ。
こっちには?
自分は何を言おうとしただろう。
あかねはそのまま黙ってしまった。