はじまりは、酒屋の弟子の、単なる興味だった。
「師匠」
弟子が何か思いついて呼びかける。
「なんや?」
と、酒屋の主が答える。
「うちで売られているのも、お酒なんですよね」
「あったりまえや。うちは酒屋やで」
主がきっぱり言うと、
弟子はしばらく考え、
「…蒸留すると、アルコールが出来るんでしょうか?」
「はぁ?」
酒屋の主はすっとんきょうな声を上げる。
「え、えっと、ですから、普通に売られているお酒を蒸留分離すると、酒精が出来るじゃないですか」
「あー…なるほどなぁ。思いから作った酒はどうかってことか」
「そういうことなんです」
「よっしゃ、ちょい試してみるか」
「はい!」
酒屋の主は、蒸留分離に向いていそうな酒を売り物から探す。
弟子がやってみたいとは言え、
きつい思いから作った酒は、やっぱりまずいだろうと思い、
楽しそうなのや幸せそうなのを探す。
そして、
「やっぱ、あいつくらいやったら、これかな…」
と、酒屋の主は『遊園地』を手に取った。
『遊園地』銘柄もいろいろあり、
賑わっている遊園地、寂れた遊園地、閉園してしまった遊園地、
あちこちの遊園地の風味を取り揃えている。
酒屋はその中でも、
楽しそうな思いの詰まったものを取り出した。
「じゃ、蒸留してみますね」
理科室のような実験器具はないから、
台所の小さな鍋で、弟子の蒸留実験が行われる。
酒屋の主は腕組みして見ている。
コンロでことことと酒が煮詰まる。
「あ…」
「どないした」
「なんだか、楽しい感じします…うん、すごく楽しい感じ…」
「これは『遊園地』の思いを凝縮しとるからな。楽しい思いがほどけてきたんやろ」
「そうですね、遊園地にいるように、わくわくします」
弟子は楽しそうだ。
蒸留実験一つではしゃいでいる。
やがて、鍋からほとんどの思いが抜けていった。
「どや?」
「あー…思いと酒ってこんな関係があったんだって実感しました」
「そーかそーか」
弟子は遊園地から帰ってきたように、はしゃぎ疲れてへとへとになって奥の間に戻っていった。
きっとしばらく起きてこないだろう。
「まぁ、いい酒屋になるためにゃ、必要なことかもなぁ」
酒屋の主はそう言うと、台所の後片付けを始めた。