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第85話 発熱

斜陽街の一番街。

寄り添うように、病気屋と熱屋が営業している。


熊のようにもっさりした男の病気屋と、

女と少女の間で時を止めた熱屋。


今日は病気屋が熱屋にやってきていた。

あらかじめ、病気屋の店の方には、

「隣りの熱屋にいます」の、看板を出しておいた。


熱屋はガラスの球状の器の中にある、オレンジのカプセルをもてあそんでいる。

「商売道具だろう。そっとしておけ」

「ん…」

熱屋は病気屋に言われると、

短い返事のあと、カプセルを戻した。


「ねぇ…」

「どうした」

「私もこのカプセルで人を殺せるかな…」

熱屋が虚ろに言う。

「どうしてまた…」

「んー、なんとなく」

「何となくで人を殺すだの言うものじゃない」

病気屋がたしなめる。

「でも、ここにある熱を一度に大量に入れたら…殺せるかな…」

「まぁ、生体系なら間違いなく死ぬな」

「やってみたいと言ったら怒る?」

熱屋が病気屋を見上げる。

「怒る」

「だめ?」

「だめだ」

「どうしても?」

「どうしても」

「けち」

「けちで結構」


そんなやりとりをすると、

熱屋は…虚ろではあるが、笑った。


「どうしてそこで笑うんだ」

病気屋がちょっと呆れたように言う。

「なんだかね、笑う気がしたの。気持ちよくなったの」

病気屋が小さく溜息をつく。

「とにかく、殺すだのなんだのはしないでくれ」

「ん、しない」

熱屋はあっさりと答えた。


熱屋の入口から声がする。

「病気屋さーん、いますかー?」

どうやら、病気屋の客らしい。

看板を読んで来たのだろう。

「はーい。悪いな、また来る」

病気屋は熱屋の頭をなでると、

帰っていった。


「あたたかいね…」

熱屋は、なでられた場所に、そう、感想を漏らす。

「気持ちいい、あたたかさだね」

熱屋はこれは自分の中にとっておこうと思い、

あえて取り出す真似はしなかった。


熱屋が独り占めしたい熱もあるのだ。

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