色を持たない魚が斜陽街に現れたのは、
黒い風が去って、しばらくしてからだ。
大きさは、とりあえず、お寺などにいる鯉を一匹想像していただければいい。
あまり大きくはないし、
認識できない程、小さくもない。
普通の鯉と思えば妥当だ。
色がない以外は。
魚は空を飛ぶ。
でも、あまり高くは飛べない。
せいぜい、人の頭をちょっと飛び越える程度で、
飛ぶスピードも、人が駆け足で走る程度が、限界のようだ。
そんな魚が斜陽街に現れた。
魚の色がないのに見つけたのは、
散歩中の夜羽だった。
ふよふよと魚が飛んでいるらしいのを、
夜羽が見つけて声をかけた。
「魚…ですか?」
「おう、俺は魚だ」
「色がないようですね」
「まぁな、その色を探してここに来たんだ」
「どうしたら色が付くんですか?」
「さぁな、気に入った色が見つかったらくっつけるさ」
色のない魚はそう言って笑ったらしい。
魚は夜羽と一緒にバーに行く。
バーの中に魚の餌などないから、
とりあえず、魚は水でも飲むことにする。
「本当は、空飛ぶのあんまり好きじゃねぇんだ」
ぽつりと魚が言う。
「どうしてですか?」
「飛んでると、涙が見える気がするんだ。涙見せるのは嫌いでな」
「今は見えませんよ」
「今は、な」
魚は笑い、そして、続ける。
「でも、水の中にいたんじゃ、色のない俺は誰にも気がついてもらえない。俺は、色が欲しくて空を飛ぶんだ」
しばらくして、魚は、
「じゃあな、縁があったらまた逢おうぜ」
と、バーをあとにした。
色のない魚がどこへ行くか、
夜羽は興味があったが、
魚を追う役は、他の誰かが相応しいと、
夜羽は魚を追わないことにした。
いずれ、いい色の魚を見る事もあるだろう。
夜羽は楽観的にそう思った。