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第81話 時計

以前、黒い風の持ち主が住み着いていた、

番外地の廃ビル。

彼女が去った後も、廃ビルは壊されることなく、

廃ビルとしてあり続けていた。


そんな廃ビルに住み着いた者がいた。


黒い風の持ち主は、結婚式場だった大広間にいたが、

今度住み着いた者は、

決して広くない、新郎だか新婦だかの控え室に住み着いた。

控えめな性格なのかもしれない。


彼…職業は詩人と名乗った。


彼のいる部屋からは、絶えず無数のコチコチカチカチという音が聞こえる。

入ってみれば、無数の時計。

アラームなどは鳴らないようだが、

その秒針の音に…微妙にずれた無数の秒針の音に…

急かされながら、詩人は詩を書いている。


「人間は宇宙から来た遺伝子…」

ぽつりと詩人がもらす、と、

「ああ、だめだ、こんな事を言ってては、夜羽さんにまた妄想として録音しようかと言われる…」

詩人は慌てて否定し、

うんうん唸りながら詩をひねり出す。


コチコチカチカチ…


やがて詩人は詩をノートに書き留め、

焦りながら次の詩を考える。


コチコチカチカチ…


「だけど…人間は宇宙から来た遺伝子…」

詩人はそのフレーズがちょっと引っかかっているらしい。

でも、詩人は頭をぶんぶんと振ると、

次の詩の制作に入った。


詩がゆとりや閃き、あるいは経験から生まれるものならば、

彼の場合はなんなのだろう。

自分を急かし、常に詩を生み出している。

どこから詩の閃きがやってくるのか。

詩人に聞いても、多分わからないか、

焦って、答えになってくれないだろう。


そして、ある時焦り疲れて、ぱったり眠り、

数時間すると、また起き出して、詩を生み出す。


コチコチカチカチ…


無数の時計に囲まれた部屋で、

時計の詩人は今日も詩を書いている。

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