以前、黒い風の持ち主が住み着いていた、
番外地の廃ビル。
彼女が去った後も、廃ビルは壊されることなく、
廃ビルとしてあり続けていた。
そんな廃ビルに住み着いた者がいた。
黒い風の持ち主は、結婚式場だった大広間にいたが、
今度住み着いた者は、
決して広くない、新郎だか新婦だかの控え室に住み着いた。
控えめな性格なのかもしれない。
彼…職業は詩人と名乗った。
彼のいる部屋からは、絶えず無数のコチコチカチカチという音が聞こえる。
入ってみれば、無数の時計。
アラームなどは鳴らないようだが、
その秒針の音に…微妙にずれた無数の秒針の音に…
急かされながら、詩人は詩を書いている。
「人間は宇宙から来た遺伝子…」
ぽつりと詩人がもらす、と、
「ああ、だめだ、こんな事を言ってては、夜羽さんにまた妄想として録音しようかと言われる…」
詩人は慌てて否定し、
うんうん唸りながら詩をひねり出す。
コチコチカチカチ…
やがて詩人は詩をノートに書き留め、
焦りながら次の詩を考える。
コチコチカチカチ…
「だけど…人間は宇宙から来た遺伝子…」
詩人はそのフレーズがちょっと引っかかっているらしい。
でも、詩人は頭をぶんぶんと振ると、
次の詩の制作に入った。
詩がゆとりや閃き、あるいは経験から生まれるものならば、
彼の場合はなんなのだろう。
自分を急かし、常に詩を生み出している。
どこから詩の閃きがやってくるのか。
詩人に聞いても、多分わからないか、
焦って、答えになってくれないだろう。
そして、ある時焦り疲れて、ぱったり眠り、
数時間すると、また起き出して、詩を生み出す。
コチコチカチカチ…
無数の時計に囲まれた部屋で、
時計の詩人は今日も詩を書いている。